贈り物をしたいよ


この相馬博臣の情報網を舐めるんじゃないよ。
知りたいと思えば何でも手に入るのだから。
あ、威勢のいいこと言っちゃった。

でも、大抵の事は知ろうと思えばあっという間に集まる。
それこそ、佐藤君の誕生日なんて特別隠されてるものでもないし、知るのは容易だったよ。

で、俺はちゃんといい子だから。
轟さんに教えておいたんだ。
だから、素敵イベントが発生している筈。

こっそりと、佐藤君と轟さんの休憩時間が被っている例の時間に厨房を抜け出して、休憩室に行ってみた。
ばれないよ。そうに決まってる。
尾行とか、自分で動くの面倒だからそんなにしないけど、得意だから。

「ねえ、佐藤くん」
「どうした?」
「今日、誕生日って聞いたわ」

怪訝そうに眉をひそめる佐藤君。

「だからね、プレゼントを渡そうと思って」
「誰から聞いたんだ?」
「相馬くんよ?」
それがどうしたの? と首をかしげる轟さん。
なるべく聞こえないように舌打ちする佐藤君。
なんだよ、役に立ってあげたのに。

「でもね、ごめんなさい。聞いたの昨日だったの。だからね、プレゼント買えなくて」
「ああ、大丈夫だ」

あの顔は、やっぱりそうだと思ったといった表情。
ツメが甘い、ように見せかけて本当は作為的だけど何か文句あるの。 普段の意地悪だと思ってくれればいい。
何気ない嫌がらせだと思ってくれればいい。
轟さんがもので残るようなものをあげたりして、それをずっと持っている佐藤君とか考えただけで頭が痛いから。

「でもね、やっぱり何か佐藤くんにしてあげたいなと思って。ほら、普段きょーこさんの話聞いてもらってるもの」
「ああ」
「だから、なんか佐藤くんがしてほしいなと思ってことを言ってもらいたいの。何でもするから!」
「ゴフッ」
咽た。

やっぱり失敗だったかな。
こうなることは分かっていた訳だから。
何でもする、だなんて。ヘタレの佐藤君には刺激が強いよ轟さん。

ちゃんと一週間ぐらい前に言っておいた方がよかったかな。
もしかしたら轟さんは店長の人形とか渡したかもしれないし。
そっちの方が、精神的ダメージが少なかったかなとか。
でも今回の趣旨を外すわけにはいかないし。
もう、もので持っていてもらいたくないと思ってそれを作戦に反映させちゃってる時点でダメだけど。

そう、轟さんの誕生日プレゼントが、俺からの佐藤君への誕生日プレゼント。
良い考えだと思って。
俺自身がそのまま渡すよりも、何倍も何十倍も喜んでもらえそう。

「別に、何もしなくていい」
相変わらずのヘタレだ。
大チャンスなのに。
流石にエロいお願いをしろとは言わないけど、それでもちょっとだけ、ねえ。
「そんなわけにはいかないもの!」
いいぞ、轟さん。

でもそろそろ、HPが尽きそう。
頑張れ俺。

でも下らないかも。
事の発端は。発端なんて言えるものじゃない。
ずっとずっと前から諦めようとして。
でも、佐藤君が轟さんとくっついてしまったら、
それはもうどうしようもないのだから、確かに諦められるんじゃないかなって。

だから、とりあえず計画第一段。
決意にかかった時間も相当だけど、とりあえず自分の恋とかいらない感情をそこらへんに置いて。
いい加減佐藤君も決意してほしい。
そう、すべては佐藤君が早く告白しないのが悪いんだよ。

ああ、ごめんね。
ちょっと責任転嫁してみただけなんだ。
あれだね、今は複雑だよ。
佐藤君をけなしても、事実を受け止めても、どちらにせよ自分を傷つけることになるのだから。
だから今のでもちょっとだけ傷ついてみたりしたんだ。

「パフェとか、どうかしら?」
轟さんも色気が無いなぁ。店長に関連するものを出しちゃだめだろう。
「いや、いい」
「でも!」
早く決着つかないかな。
じゃないと、この場に割って入りたいって感情が、心を埋めてしまいそうだ。

「じゃあ、」
「なにかしら?」
「写真」
「写真をどうするの?杏子さんの写真?」

今ここで店長の事を出すのはあまりよろしくないんじゃないかな轟さん。
でも、佐藤君は何か吹っ切れたみたい。
なんだ、後押しになっちゃたんだ。

「写真撮りたい」
「なあに、そんなことでいいの?」
でもそこで佐藤君は固まった。
そうだよね、ケータイの地撮りとか体を密着させなくちゃいけないし。
ははは、ざまーみろ。
幸せすぎて、困ればいい。

轟さんはそんな佐藤君の手からケータイを取った。
それで何かしようとしたみたいだけれども、
メールもままならないような轟さんには操作不能だったようだ。

「佐藤くん、カメラにするのはどうすればいいの?」
呪縛から解かれた様にそれでもぎこちなく佐藤君は動いてケータイを操作して轟さんに返してしまった。

「はい、笑って」
「って、ちょっと待て」
「どうしたの佐藤くん?」
「何をしようとしている?」
「写真を撮ろうとしているのよ?」
「なぜカメラをこっちに向ける?」
「だって、写真撮りたいんでしょう?佐藤くんが」

佐藤君は轟さんの頭をわしゃりとやって、ケータイを取り上げた。
何が起こったのか分からなくて、頭の上にハテナマークを浮かべている轟さん。

「俺が欲しい写真は、八千代のだ」
ちょっとまってよ、いつものヘタレはどこに行ったの佐藤君。
うっかりして、耳を塞ぐのを忘れてしまったじゃないか。
八千代って言ったあたりで、胸が収縮したのが分かったのだから。
ああ、こんな事ならHP尽きそうって思ったときに脱走すべきだったな。

目をそらす。
でも動けない。

やだな。
なんでまた、自分に拷問みたいなことしてるの。
俺は割と快楽主義者だったような気がするけど。
ああ、諦めるためか。
気になっている訳じゃない。気にしたところでどうしようもないのに。
誕生日、教えたの失敗だったかなぁ。
でもそうしたら佐藤君には喜んでもらえなくなっちゃうや。

パシャリとシャッター音。
聴覚だけは研ぎ澄まされて、背後からの一言一句聞き漏らすまいと思っている。
「ねえ、佐藤くん。佐藤くんの写真ももらっていいかしら。もしよかったら、なのだけど。
 でもこれはだめね。私誕生日じゃないもの」
「いい。別に誕生日じゃなくても。写真ぐらい」
「本当に?」
「ああ」

結局いつもの不機嫌そうな顔のまま佐藤君は轟さんのカメラに収まったみたいだ。
先に厨房に戻ろうと動いた時に轟さんに見つかって、
佐藤くんに写真を撮らせてもらったの〜なんて見せてもらって。
あまりそれは見せるものじゃないよ、なんて忠告してみたり。

「どうして?」
「佐藤君は轟さんにその写真をあげたんだから。
 轟さん以外の人に見られたら佐藤君は恥ずかしいんじゃないかな」
「恥ずかしい、、、そうね、佐藤くんがいやならやめるわ」

「まあ、聞いてみればいいんじゃないかな。誰かに見せて欲しいと言われた時には」
「そうね。ありがとう相馬くん」
「いや、全然」
何をしているんだろうな、俺は。
ああ、そうか。諦めようとしていたんだった。

ちょっと待って、ちょっとだけ。
好きだとかそんな要らない感情に今揺さぶられているから。
結構長い時間あのまだるっこしいやり取りには時間がかかった筈だから、
もしかしたらもう佐藤君は帰ってきてしまうかもしれない。
だから待って、それはちょっと待って。

厨房で手をついた。
「相馬」
「なーに、佐藤君?」
「お前、轟に教えたろ。今日が誕生日だって」
「うん」
それがどうしたの? だって嬉しかったでしょ、佐藤君。
そんな意味合いを込めて、言った。

「つまり、お前は知っていた訳だ。俺の誕生日を」
「当たり前だよ。俺を誰だと思ってるの?」
それこそ、佐藤君のことなら何でも分かるよ。
「プレゼントは?」
「轟さんからのは断ろうとしたのに、俺からは強請るんだね」
「お前、さっき見てたのか?」

フライパンに伸びる佐藤君の手。
そこに、慌てて箱を押し込む。

「それ、それだよ」
ああなんでだろう、成行きで渡しちゃったじゃないか。
買ったよ、悪かったね。
渡さない筈だったけれども、今日はずっと持っていた。

佐藤君は丁寧にシールを剥がして包装紙を取って、箱を開けた。
中から出てきたキラキラしたものを掬って、見ればわかるだろうにわざわざ聞く。
「これは……?」
恥ずかしいな。
こういうものをあげるだなんて柄じゃないんだよ、俺は。
でも、つい衝動買いのように。佐藤君にぴったりだなとか考えちゃったんだよ。

「ネックレスだよ」
できるだけ声を落ち着けて。そう答える。
「……」
何か言ってくれ。
小さなプレート型のペンダントトップに小粒のルビーが嵌ってて。
プレートはステンドグラスのようにカットされていて。
高かった。あげる予定もなかったのに買ってしまった。
佐藤君に似合うだろうから。

そして佐藤君は言った。
「ありがとう。」

――誕生日だからね。

ちょっとこの場から逃げ出していいかな。
いやもう、ちょっとなんだよ、微笑んじゃって。
轟さんの写真では不機嫌だったのにさ。

誤魔化せないかな。
嬉しいことを。
顔が赤いだなんて指摘されたら何て言おう。

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あとがき
相馬さんは、乙女です。
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