夜陰に潜むのつづき


はたけカカシの歩調に合わせて揺られる。

普段だったら心地いいはずの一つ一つが、
無意味に脳を刺激してくる。
下唇を噛んで、声にはならないようにそっとこらえる。

「酒と一緒に飲むからだよ」
知ったような口調ではたけ上忍は言った。
口に入れた瞬間に熱く感じたのは、
薬のせいではなくアルコール分でせいであったらしい。

「強いヤツを、酒にあんなにたくさん入れてたのに。
 飲み干しちゃったでしょ? アンタ」
青白い月の光の中でも赤く見えているだろう顔を、
何とか隠そうと胸に額を押し付ける。
「コップ、叩き割っちゃえばよかったのに。律儀だね」
何でこの男は、顔だけじゃなくて声までいいのだろう。
低音が腹や、その下にも響く。

「それとも、飲んでみたかった?」
揶揄するような口調に反論する。
「んな…わけ、ない」
これはあくまで災難だ。
アンタに、こうして、今抱きかかえられていることも含めて。
これから起こることもすべて。
避けようがなかった、災害による被害だ。

「まあ、好都合だけど」
のんびりとした歩調で進んでいく。
何もしていないのに、いや、この振動のせいで緩やかに主張を始めた中心が、
早く解放してくれと訴えている。
もしかしたら、ワザとこんな速度なのかもしれない。
そんなことに思い当たった時には、建物に踏み込んでいた。

「ここは…?」
「ん? 気になる?」
アパートのエントランスホールのようなところ。
でもはたけ上忍ほどの高給取りならば、
こんなちょっとさびれかけているところではなく、
もっと高いマンションに住めるはずだ。
「別宅、ってところかな」
いくつも家を持っているうちの一つだと言外に言っていた。
まあ、男を連れ込むのに普段使いの家じゃ都合が悪いだろう。

階段を一段一段上がる振動が、また脳を揺さぶる。
それに耐えるべく、ぎゅっと目をつぶった。
耳鳴りのように風がうなっているのが遠く聞こえる。

はたけ上忍は一室の前で止まった。
不意のことで、落ちそうになる。
慌てて服を掴むと、「鍵出すから、いい?」と言われて、すぐに手を離した。
「下すって言ったの、聞こえてなかった?」
静かに笑った。
ああ、恥ずかしい。まるで縋ったみたいじゃないか。

自分で立ち上がろうとするが、うまくバランスが取れない。
壁にもたれかかることで体重を支えて、扉の中に入ろうと足を出す。
また抱きかかえようとしたはたけ上忍の手が伸びてきた。
「自分で、歩けます」
「無理しちゃだめだーよ」
拒絶したもののあっさりと払いのけられ、肩に担がれる。
この高さから落ちたら痛そうだなと思うぐらいの場所まであげられてしまって、
抵抗の言葉は飲み込んだ。

電気はつけずに部屋の奥まで到着する。
ベッドに少し乱暴に降ろされて、スプリングが音を立てた。
靴をまず脱がされて、後ろの方にに放られる。
顔の横に両手をついて、はたけ上忍は覆いかぶさってきた。
「愛してるーよ、イルカ先生」
状況と、声の熱っぽさと、その質に浮かされて、焦らされているような気分になる。

ジャケットのファスナーの歯が、一つ一つ外れていく音が聞こえる。
真っ直ぐに前を向くと目が合う。
思ったより熱っぽく絡みついてくる視線。
自分も同じような、いやそれ以上に待ちわびているような目をしているのだろう。
見つめていることにに耐えきれなくて、再び目をそらした。

上半身を剥かれて、やっと下半身に手が伸びた。
ボタンが外され、少し苦しかったところのファスナーが下される。
薄い布地ごとぎゅっと握りしめられる。
「っあ」
それだけでそこにはさらに熱が篭る。

下着の布さえ降ろされた。
足元に中途半端に下げられたズボンやらが絡まっているのを、
身じろいで取ろうとしたら、こちらのものに手を伸ばしていたはたけ上忍の手に触れて腰が揺れた。
「もう辛そうだよね、一回出しとこっか」
言うが早いか、はたけ上忍は自分の口にそれを含んだ。
てっきり手でやるのかと思っていたため、いきなりの感触に背筋が震える。
「ぅあっ」
「ひょっと、にげはいでよ」
じゃあ、口に含んだまま喋るな。
歯が少し当たったのも、別の刺激となって脳に送られる。
口の中の粘膜が絡みついて、熱がそのまま吸い取られていきそうだ。

じわじわと駆けあがってくる。薬のせいで、その感覚はすぐに全身を犯す。
「わ、ちょ、まてっ」
頭をぐいと手で押し返した。筈だったのに離れない。
先を吸われて、ギリギリで押さえていた箍が外れる。
自分で手でやるのよりも強い感覚が脳を揺さぶる。
「くっ、ぅんぁっ……」
声が出そうになって、腕で口を塞いだ。

「ぁっ、はぁ、っはぁ」
「…大丈夫?」
口の中のものを吐き出したはたけ上忍が聞いてくる。
「な、わけ。ないでしょぅ…」
「でも、気持ち良かったでしょ? 久しぶり、されるの?」
「うっさい」
熱っぽさが耳の横でうねっている。

「イルカせんせい」
いたずらっぽく言った声とともに、冷たい手で自身を握られた。
こちらの体温ばかりが上がっていく。
「ん、ぁな、ん、ですか…」
「愛してますよ」
そうだ。それが約束だ。耳から伝わる言葉もすべて快感に変わる。
「もしかして、俺の声、イイんですか?」
耳元でささやかれる。
良い声は腰に響く。ゾワリとした感覚と共に涙があふれてくる。
まだ動かされていないのに、手で振られているだけのそこが、
また確かな質量を持ち始める。
「ほら、ちょっと元気になった」
親指が先の方を掠めていく。
自然と体が震えて、目をぎゅっとつぶると涙が零れ落ちたのが分かった。
「かわいいね」
にっこりと笑った顔が瞼の裏に張り付いて、剥がれない。
それに欲情の色が見えたようで、目を逸らした。

ぬるぬると動かされる手によって、再び高められていく。
しかし今回は先ほどとは意図が違う。
いまいち頂点に達しきれない快感に、焦れる。
と、その時、冷たいものが後孔に触れた。
「ひぁっ」
「段々温かくなるから我慢してね」
細い先端が差しこまれて、中から冷たい液体のようなものが流れ込んでくる。
本来ここは排泄のための器官で、中に何かが入ってくることが無い。
しかしその強烈な違和感はすぐに興奮へとすり替わってくる。
これからされることが、如実に頭の中に描けてしまって、更に体温が高くなる。
普段はする側のことを、しかも女に対してのことを、自分が受ける。
未知のものであるが、する側として知っているからこそ、
待っている筈の快楽を期待できてしまう。
男は、実際は女の何倍もの快楽を拾えるらしいと、知識では聞いたことがあった。

中に入ってきた液体はすぐに冷たさを奪われてぬるくなる。
体温の冷めることの無い熱のせいで。
理性はとっくに熱で溶けていた。

孔に指が侵入してきた。
くちゅりと言う音が、肌から骨に響いて、全身を巡る。
「一本でもキツいね」
言いながらも蠢いており、異物の感覚に気持ち悪さを覚える。
「言わなくて、いいっ」
長い指が大分深くまで差し込まれて、ぐるりとナカをかき混ぜた。
快感のようなものがゆらりと頭をもたげてきたが、分からないふりをする。

「あ、くっ、んっ」
孔を広げようと押し入ってきたもう一本が、何かを探すような怪しい動きを始める。
ある一点を、引っ掻くように指が過ぎて行った。
「んぁっ!?」
「ふふ、見つかった」
はたけ上忍は満足そうに笑う。
「あ、ちょっと、締め付けないでよ」
窮屈そうに指を動かしながら、力を抜けと催促してくる。
今の感覚が何なのか分からない。
けれども、呑み込まれてしまいそうだった。

腰を引くと三本目が侵入してきて、より深く差し込まれた。
「ぅ、んっ……」
「あっさり入るね」
先ほどの場所を探すように三本が意思を持って動く。
また、さっきの場所に触れた。
「ここね」
言ったと思うと、執拗なまでに指がそこを責める。
「ん、ぅ、あっ、ちょっ、まっ、て…」
「後ろでイケそうだね」
こちらの言葉など何一つ聞かない。
突き放されたような気分になるものの、快感は頭を占めていく。

このまま解き放ってしまうのは嫌で、声をかける。
「はたけ上忍っ」
「愛してますよ、イルカ先生」
そう耳元で囁いて、ナカの指を曲げて強い刺激が来た。
「んんっぁあああっ!」
弾けるような快感は初めて体感したもので、
頭が訳の分からないままにいっぱいになる。

「後ろでイったね」
肩で息をしているところに振ってくる言葉は、どうしても冷たく感じてしまう。
そんなことを思う必要などないし、今はこの行為に集中するべきなのに、
快感から解放された部分から脳内には余計なことが入り込んでくる。

後ろから指がくちゅりとわざとらしい水音を立てながらいなくなった。
「後ろ、むいて」
「…は、ぇ?」
「はいつくばって、多分そっちの方が楽だから」
そうはたけ上忍は言った。

もう二回精を吐き出した体は動くのがだるい。
もたもたと動けば、尻を持ち上げるような形にうつぶせにさせられ、恥ずかしい思いをする。
抗議の声をあげようとしたところで、孔にまた冷たいものが触れてきた。
冷たさに体が反応を示す。
「入口のところ濡らすんで、ちょっと我慢してください」
その冷たさが再びぬるさに変わったころ、
先ほどの指の何倍もの質量を持ったそれが入り口にあたる。

「力抜いてね」
そう言うと、はたけ上忍はゆっくりと入ってきた。
押し広げられる感触は先ほどとはまた別もので、
音が、体の中で響いて「犯されている」ということを強く意識させられる。
痛くないようにだろうが、ゆっくり入ってくるのが堪らない逃げたさを催させる。
そして半分を過ぎたころから、内臓を押されているような圧迫感が加わった。
思わず腰を引くと、がっしりと掴まえられて逃げられなくなった。
どうすればいいのか分からない違和感は、シーツを握り締めることで逃がした。

荒い息と共に言葉が耳に滑り込んでくる。
「入ったね……」
動いていなくても中にある質量は、確かに感じられる。
「動くよ」
それだけ言うとこちらの返答も待たずに、動き始めた。
僅かに動かれるだけで、そちらに内臓が引っ張られるように感じる。
「ん、ぁあっ、あっ……」
口からは声が駄々漏れた。
抑えようとしても、快とも不快ともつかないその感触が、
中の一番深いところから波のように絶えず襲ってきて、
自分ではどうしようもなくなる。
「きついね……。だいじょーぶ?」
これが大丈夫に思えるのかと肩越しに見やる。
大丈夫かと問いながら、動きを全く止めようとしない。

最初は突っかかるようだったのが、次第にすべりがよくなって潤滑に動くようになる。
そうしたら突然に腰を掴み、激しく揺さぶられる。
「あっ、あっ、あっ……んぁっ、やっだっ、あっ……!」
ただひたすらに中をぐちゃぐちゃとかき混ぜられる。
その時にはもう、出入りする感覚が緩やかに快感に姿を変えてきていた。

ただ激しく揺さぶるだけだった動きが、わずかに落ち着いてくる。
ほっと息をついていると、それがただの休憩時間では無いことに気が付く。
探っているのだ。
先ほど、強い快感をもたらした、あの場所を。

びりびりとした電撃のようなものが体を走り抜けていく。
「……っ!」
必死に飲み込むがここまでとは思っていなかった体が震える。
快感に意識が持って行かれそうになる。
「ここね」
その言葉の響きに薄らくらいものを感じ取り、後ろを見る。
口角が上がっている男の顔が見えた。

その一点だけを外さずに何度もついてくる。
自分の意識だけで抑えられていた声が漏れそうになって、
必死でベッドに顔を押し付ける。
首の角度がおかしなことになって、筋が痛い。
でもそうでもしていないと、女のような嬌声が口から溢れる。

はたけ上忍の動きが止まる。
「声、我慢しなくてもいいのに」
そんな、冗談じゃない。
「俺、あんたのこと愛してあげるのに」
そんなの、冗談でもやめてくれ。
「ねえ、イルカ先生。愛してる」
心地のいい声で、そんなことを言う。
その言葉の、居心地の良さは何にも代えられない。
「だから、ねえ、声を聞かせて」
腰を掴んでいたうちの片手を外して、顎がくいと持ち上げられる。

「あっあっ、ひっ、あっ、やぁっ……あっ、んぁっ、ひぃっ、あっ!」
甲高い、ひきつった声が漏れる。
再び下に顔を押し付けようにも、はたけ上忍の手が許さない。
それどころか口の中に指を突っ込まれているせいで、
僅かすら口を閉じることすらできない。

「んんっあっぁぁああ……っ!」
押し出されるように精を吐き出す。震える体はまだ快楽の波の中にいる。
はたけ上忍の動きは止まらず、耐えず快楽の淵に落とされる。
「あぁっ、ひゃっ、あっ、んぁっ、あっ、ぅあっ、ひっあ、っあ……!」
目からはボロボロと涙が落ちていく。
受け止めきれない快感に、どうしようもなくなる。
狂いそうだ。
「愛してるよ」
狂ってしまいそうだ。

ずっとずっと、囁かれ続けるのだ。
愛している。
「もっ、むりっ、やっ、あっ、あっあっ、あぁっ!」
中がまだひくひくと痙攣しているのに、動かれて意識が飛んでしまいそうだ。
それをまた繋ぎ止められる。
「愛してる」
言葉と同時に、中ではたけ上忍が果てた。
ゆっくりと熱いものが広がっていく。

精を吐き出すのが止まった時、はたけ上忍は言った。
「ねえ、まだ、イケるよね?」
「え……? むりです、よ、もう……」
「愛してるから、ねえ。そう言う契約でしょ?」
甘い声で、囁く。

何度果てたか分からない。
何回中に欲を注ぎ込まれたか。
ただ、それだけに意識を集中していれば、
愛していると甘い言葉が降ってくる。
愛している、愛していますよ。
愛に溺れていれば、幸せなような錯覚が脳を満たしてくれるのだ。

――◆――◆――

朝日が窓から部屋に差し込む。
あくまでも柔らかく、部屋の中の殺伐とした空気を無視して。
「おはよ、イルカ先生」
「おはよう、ございます」
へらへらと笑いながら、はたけ上忍が声をかけてきて、
そして耳元で甘く囁かれる。
「ねえ、イルカ先生。愛してますよ」

息を飲んだ。
逃げたいのに、言葉だけで囚われる。
「俺からは愛をあげます。なので、体をください。持ちつ持たれつ、ですよ」
昨日のことで体が動かせない俺の手を取って、愛を囁く。
「愛してますよ」
彼は、愛を嘯く。

『夜陰に潜む』前←・・→後『真空の愛』R15
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あとがき
『夜陰に潜む』のエロパートです。
本来はその後すぐに続ける予定だったのですが、あまりにエロが書けなくて進まなくて、フォルダーの奥の方に眠っていました。
でもやっぱりエロは書けない……。
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