触れたいよ 2/2


放課後。
「帰ろうよ」
いつも通りに声をかけて、でもここからがいつも通りじゃない。
それがとてつもなく嫌だ。

「――でね、」
呑気に話してはいるが、実は静かな攻防が繰り返されている。
さっきから僕はロスと手をつなごうとして、ロスはそれを回避しようとしている。
「アルバさん、外ですよ」
僕の手が掠っただけで掴み損ねたのも三回を重ねたところでそう言われてしまった。
「…ダメ?」
「だめです」
じゃあ僕は、ロスとどうやって繋がればいいのだろうか。

「だってロス、最近、なにもしないから」
何もなんて言葉で濁したのは、相変わらず恥ずかしいのだ。
それに対してロスは何も言わない。
離れて行ってしまいそうで、怖くてたまらない。
「…キス、してくれないじゃないか」
だからせめても、手をつなごうと思ったのに。

あの日の最後みたいな。
そんな触れるだけのキスがロスから落ちてきた。
「…今は、これだけです」
ふっと、ロスが顔をそむける。
それが嬉しくて、柄にもなくこの場で抱き着きたかった。
そうしてロスの匂いを肺いっぱいに吸い込みたかった。

「家、行くんでしたよね」
「ああ、そうそう」
完全に忘れてた。
この間借りたCDを返すついでに、昨日焼いたケーキを食べてもらうのだった。

CDは正直玄関口でもできるのだが、とりあえず上がってもらう。
紅茶も入れて、ケーキを切って持っていくと、なんだかロスに落ち着きが無いように見えた。
でも一緒にケーキを食べて、落ち着いて。
「おいしかったです」
本当に甘いもの好きだなって思いながら、
「よかった」
自然と笑みがこぼれる。

ああダメだ。
僕が僕じゃないみたいだ。
今とても、ロスとイチャイチャしたい。
そんな風にしてる自分を想像しただけで、恥ずかしくなるが。
だってしばらくやってこなかったんだ。
いつもはロスの方から自然に手が伸びてきて、だから流されるままだったのだ。

あの日以来、ロスは何もしてこない。
手をつなごうとしても、逃げて。
キスを拙くねだっても、上手くかわされるばかりで。
じゃあ僕が何かしなくちゃいけないのかなって、思わずにはいられない。

「ロス、あのさ」
向き合っている間の机に無造作に置かれた掌を包み込む。
ぴくりとわずかにロスが反応したが無視する。
「僕はどうしたらいい?」
何も言ってはくれない。
だって僕は、どうしたらいい。

顔を少し近づけると、その分だけロスは下がる。
「こうやって、するのって、迷惑かな…?」
笑ってみた。
けれど、泣きそうだ。
「そうなら、言って」
僕がいけなかったんだ。

「泣かないでください…」
「じゃあ、キスして」
何でしてくれないの。

そう言ったら、僕の手を薙ぎ払ってロスは身を乗り出したから、机の上のお皿とかフォークとかがガチャンと音を立てた。
引き寄せられてバランスを崩したところで、ロスが抱きしめてくれた。
無理な体勢に背骨がしなる。
お構いなしに力強く抱きしめてくる体温に、鼓動は早まりながらも落ち着く。
ロスの背中に手を回してぎゅっとする。
そう言えばこれも初めての事な気がする。
後ろから抱き着くことはあっても、前から抱きしめ返したことは無いななんて。

「やっぱダメだ…」
なにが、と聞く前にこちらを抱きしめる腕の力が弱くなって離れていこうとした。
自分の腕に力を込めてそれを阻止する。
「…それじゃ、キスできないじゃないですか」
慌てて手を離した。

侵入してきた舌は僕をせかすようで。
久々だからか息が上がるのが早かった。
いつもは息継ぎを入れてくれるのに、いつまでたっても放してくれない。
苦しい。鼻から吸える空気は限られていて、酸欠で頭がくらくらする。
それを伝えようと胸のあたりを叩いてみたが、一向に離れない。
角度を変えて何度でも絡めてきた。

「ぷは、ぁ。はぁ、ふぅ」
まだくらくらする。
口と口とを繋ぐように、透明の糸が引いた。
「…エロい」
ぼそりと漏らしたロスの声を聞きのがす訳が無く、すでに上気した顔が更に赤くなる。

立ち上がったので何をするのかと思ったら、こちら側に来て僕を後ろに押し倒した。
「え、」
片手で両手を押さえられて、ぐいと近づけられた顔は身動きが取れない分三割増しでどきりとする。
また、逃げたくなる。怖い。
「そうやって、怯えるじゃないですか」
ロスはそう言ってふわりと抱きしめた。

「普段どれだけ頑張って、我慢してると思ってるんですか。
 やっとあなたを手に入れたのに。それを傷つけたくない、手放したくない。
 まだあなたは覚悟ができてないでしょう」
「なんの」
「言わせたいですか…?」
ロスは苦しそうに眉をひそめた。
「俺はすぐにだってあなたを掻き抱いて、壊れるぐらいまでに愛したい。
 でもそれは、やってはいけないし、あってはいけないし。何よりもあなたが嫌がる。
 だから何とか自制してきたんだ」
耳をくすぐる声は甘い。
「この間はすみませんでした。ついうっかり、自制の糸が切れて、あんなふうにあなたを傷つけた」
「そんなことは無い!」
「でもあなた、怯えたでしょう?」

何も言えなかった。
「すみません。あなたを壊してしまうかもしれなくても、触らないなんて言えないです」
さっきのことを否定できなかった僕は、この言葉に救われて。
本当は、僕から言わなければならないのに。
ごめんなさい。

「いつもギリギリなんです。傷つけたくないのに。
 あの日以来、ずっとずっと考えてしまって。触れられるだけでおかしくなりそうなんです」
「…変態?」
「そうですね」
茶化して言ったつもりが認められてしまった。
「好きです。好きですから、触りたいです、一緒になりたいです。
 でもあなたを傷つけたくないんです」
分かってもらえませんか?
本当に苦しそうなロスにそう言われた。

「僕は、ロスが好きだ。それだけじゃダメなの?」
確かに怖い。怯えている。でも、ロスが大好きだ。
「怖いけど、でもロスなら平気だよ。怖いけど、でもロスが怖くなくしてくれるんだよね?」
「あなたは、本当に。…いいん、ですか?」
「聞かないで、よ…」
ロスの神妙な声で自分がどれだけ大胆なことを言ったのかを自覚する。

「かわいいって言ったら怒ります?」
「もう今更」

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あとがき
エロを書こうと思ったわけではなくて、その前段階のうじうじと人知れずムラムラしてるアルバさんを出したかったんです。
ここから先でカットしてしまったエロは、いつか書きたいなとは思ってるんですが。
要望が有ったら取り組みます。それまでは放置です。
もしかしたらロスバージョンも上がるかもしれません。これも需要が有ったらですが。
それにしても長い。ただいちゃつきたいけどまだ踏ん切りがつかなくてあっち行ったりこっち行ったりしてる話なのに。
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