触れたいよ 1/2


「何食べてんの?」
「ひゃんれすは?」
「それだよ、ソレ!」
口の中に入るサイズと言うことは、飴かなんかだろうが。

「食べます?」
そう言ったロスの口からは甘い香りが漂ってきた。
「あ、くれるの? 欲しい」

「あ、すみません。ありませんでした」
「なんだよ!!」
「これが、最後の一個です」
そう言って、べーっとロスはアメを載せた舌を突き出した。
ふふん、と鼻で笑われた気がして、ちょっと悔しかった。

それと、家に折角来たのに、何もしていないというのがなんか嫌だった。
だからほんの出来心だったのだ。
もうちょっとイチャイチャしたいという。

自分の舌で、その飴玉を掬い取った。
「もーらい」
小さく笑って、アメをロスから見えるように軽く前歯で挟んで見せた。
すかさずロスの手が伸びてきて望んだ展開になった。

付き合って最初は触れるだけだったのに。
それが今ではこうやって舌が入ってくることに快感を覚えている。
どんどん自分が変わっているような気がするが、それでも心臓がバクバクと音を立てている。
緊張に変わりはない。
やっぱりロスが好きだなと思う。

舌の動きがいよいよ怪しくなって、自分が蕩けていくような錯覚に陥る。
どっか別のところで心臓が拍動をしているようで、どうにも不思議な感覚だ。
不意にロスが離れてしまって、物足りなさを覚える。
首に腕を回して自分から引き寄せた。
恥ずかしいからもちろん目をつぶってだが、自分から唇を押し付ける。

でもこれからどうすればいいんだろう。
いつもロスに任せていたから何も分からない。
舌を入れるとか、無理だ。
普段だったら自分からのキスでさえ、お願いされてもできないだろうに。
そう考えると、今自分がどれだけ大胆なことをしているか突き付けられているようで、急に顔に熱が集まる。
慌てて唇を離そうとすると、頭を押さえられてまたさっきみたいに舌が入ってきた。

息継ぎをするように少し離れて行って、その度に流れ込んでくる空気と体温そのままの液体の温度差にクラリとする。
隙間から甘えたような声が零れる。
「んぁ、ふ」

それでも全然息が足りてなくて、段々苦しくなってきた。
ひそめた眉が見つかってしまったのか再び離れて行く体温。
嫌だ、まだこうしてたいのに。
「ねえ…もっと……、」
って、何を言っているんだ僕は。

自分でも分かるとろんとした目つきでロスを見ると、肩を押されてそのままソファに倒れた。
これは続きがあるのかと期待したら、耳を舐められた。
「ひぁっ!?」
もしかしてこれは、気が付いたとたんに心臓が更に大きく鳴り始めた。
少し抵抗してみれば、それ以上の強い力で抑えられる。
鼻の頭に一つキスが下りる。
それにさえ、鳥肌が立つ。もちろん不快な方のソレではないが、もうどうしていいか分からない。

だって、これは。そういうことだとしたら。
僕は何をしたらいいんだろう。
これから僕は、どうなってしまうのだろう。
考えても分からない。知らないから、初めてだから。

僕の左手の拘束を解いて、服の上から体を撫でられた。
服の下に侵入してくる手に頭は真っ白になって、その冷たさに鼻にかかるような息が漏れた。
お腹の部分から胸までたくし上げられて、空気に触れた。
そこから情愛が浸食してくるようで、晒されて寒い筈なのにじわじわと熱を持つ錯覚。
何かに捕まりそうで、ここから逃げ出したいのに、押さえられた右手とももの間に割りいれられた足がそれを許さない。

戸惑いを伝えたくてロスの目を見たら、顔全体がぼやけて見えて自分が涙目になっていたことを知った。
目じりをぺろりと舐められて、予想外の行動に背中が跳ねた。
右手の拘束も解かれる。
ここで逃げ出せばよかったのに、僅かに呆けているうちに手で包み込むように頬を持たれてキスが落ちてくる。
体から力が抜けていく。緊張感はそのままに。
舌を絡め取られてどうしようもなくなって。

落ち着いたと見たのだろう。ロスはゆったりと離れて、片手をそのまま下に伸ばした。
器用にズボンのボタンをはずし、見えていない筈なのに引っかかることなくチャックを下す。
布越しであってもそこに触ったところで、遂に僕の体が危機をきちんと感じ取って。
「やっ、だ…ッ!」
既に自由に動く両手で入らないなりに力いっぱい突き飛ばした。
半歩も後ろに行かないくらいであっただろうが、衝撃にロスは体を離した。

心配とも違う、疑問が先に立っているような表情。
犬がよしと言われた後にまた待てと言われて、何でか分からないで命令に混乱しているかのような。
例えをそのまま使うなら、何でそんな罰を今自分が受けているのか理解できないような目をして。
「…、あ…」
肌の色が所々覗いている何とも間抜けな格好で、僕は茫然としていた。
ロスの顔を見て、その顔が徐々に衝撃に彩られていくのを見て、とんでもないことをしてしまったのだと理解した。

「ごめ、ん、なさい…」
別に拒絶するつもりはなかった。
ロスは大好きだったし、いつかはそうなるだろうと思っていたし、僕もどこかでそれを望んでいて。
その時が来るという想像をしては恥ずかしさに悶えていた。
「謝らないでくださいよ。俺は、どうしていいか分からなくなる」
「ごめん、な、」
「謝るな」
最初の、僕が恥ずかしくてどうしようもなかった頃みたいに、触れるだけのキスが一つ。
「今日はもう、帰りますね」
「あ、あの」
ただ何となく呼び止めてしまった。
「なんですか?」
声が普段に比べて硬く思う。思い込みであったとしても、それだけで僕を怯えさせるのには十分で。
「なんでも、ないよ」
くるりとロスはこちらに背中を向けてしまった。
「また明日」
そのまま行ってしまうのかと思ったら、廊下の前でぴたりと足を止め、そう言い残していった。

胸にはもやもやと晴れないものが残る。
わだかまりなんてものじゃない。
傷つけたと言う思いが重く胸にのしかかる。
空きっぱなしのズボンの前を閉めようとしたら、
あれだけ“その先”から逃げようとしていたのにも関わらず主張を始めていて上げるのに手間取った。

嫌になる。
そんな自分が。

もう少しだけ近くに居たかったのだ。
家だったから、おおっぴらにイチャイチャしたかったのだ。
そのきっかけを作りたかったのに、どうしてこうなったのだろう。

こんなことでロスが僕に幻滅するなんて考えたくない。
それはないと思いたい。
僕がロスの事を好きなのは疑いようもない事実で。
でも今となってはそれがロスに伝わっているか不安になってくる。
無性に好きだと伝えたくなったが、帰ってしまった今ここですぐには、ロスにそう伝えられない。
それがもどかしくて、どうにも歯がゆかった。

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