いい子であろうと思ったのは、間違いではない筈だ。
小さい頃はどうしようもない子だった。
色々なことを見て、知って、だから変わって。
誰かの期待を裏切らず、真面目に几帳面に細やかに、愚直と言われるまでに真っ直ぐに。
今そうやって生きていることは、何一つ不自由のないことだ。
愛されたい。
その思いは、今も飲み込む。
大丈夫、周りにいる人たちは自分の事を考えてくれている。
そうすれば、考えに先回りをして気を遣い、思いやりを持って接することができる。
困っている人が居たら助けましょう。
そういう風にすることが、自分に求められていることだ。
頑張って作り上げた自分の姿だ。
だから、自分の身を挺しても誰かを助けたいと願う。
「あんた、愛されたいでしょ?」
受付に来た上忍から、いきなりそんなことを言われた。
動揺を隠せずにぱっと顔を上げてしまうと、そこには里の有名人のはたけカカシがいた。
「優しくて、まっすぐな、イルカせんせ。疲れませんかね?」
ありがとうございますと言ったのに、書類を離してもらえない。
「すいません、放してもらっていいですか?」
質問を無視して応答する。
上忍相手であるから、
ましてやエリートのカカシだから、あくまでも感情を抑えて。
いや、そうすることしかできなかった。
あまりに突然、図星を指されて言葉を出せない。
とっさに嘘を吐くことができないような生き方をしてきたことを、ここで少し後悔する。
愛されたいでしょ。だから、打算的に笑顔を振りまいて。
そんな言葉がまだ聞こえてくるようで。
頭の中に何度も繰り返される。
「俺の質問には答えてくれないんだね」
「次の方が差支えておりますので」
「嘘はついちゃだめだーよ、真面目なイルカ先生」
後ろには誰もいないんだから、少し時間あるでしょ?
そんな風に余裕たっぷりに笑う。
こんなしがない中忍と話してなにが楽しいのか。
それでも、多分楽しいのだろう。からかって遊べるのだろう。
そんな身勝手な上忍の態度に腹が立つ。
横柄な態度をとっても、許されると勘違いしている人が上忍に多いと思うのは気のせいではないだろう。
それが、また、苛立つ。
いい子ちゃんの普段のイルカ先生としても、
そして、先ほどカカシに指摘されたような自分の内側にしても。
そんな風に人から好かれる努力をしなくても、人から必要とされるところ。
羨ましく、妬ましい。
それはいつも通りに、心の奥底に飲み込む。
「だからって、どうしたって言うんです」
「別に。それだけだけど」
途端に興味を失ったような態度を取る。
反論して、食って掛かれば望みの通りだったのだろうか。
兎にも角にも、危機は去ったとつい安堵の息を吐いた。
「おもしろい人だね、あんた」
片方しか見えない目を糸のように細くして、はたけ上忍は去って行った。
あんた、愛されたいでしょ。
なんども耳元とでささやかれているような、そんな錯覚が離れない。
軽い引っ張り合いをしたせいで歪んだ書類のしわを伸ばしながら、ふとある疑問にたどり着く。
なんで、あのはたけ上忍が、俺の名前を知っていた…?
・→後『夜陰に潜む』
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- 02/28
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二週間程度振りの更新で、いきなりシリーズものを始めてしまいました。
頑張って、完結させます。
次の『夜陰に潜む』は続きですが、その後の『焦げたお菓子』は米英の予定です。