星に願わない


「ごめん、今日は会えそうにない」
仕事が追加されて、屯所を出られない。
そんな風に電話がかかってきた。
「あー、いいよいいよ。期待してなかったし?」

「七夕祭りは今年は真選組の管轄じゃないのか?」
「ああ。見廻り組が代わりにやるそうだ」
約束もしていなかったのに、土方はしきりに謝る。
「いいって、いいって」
「じゃあ、忙しいから」
ぶつりと通話が切れた。

何なんだよ。
謝られたら可能性があったことを知ってしまう。

会えないものと思っていた。
それでも城下での七夕祭りに出動するのだと思っていて、
会いには行こうと思っていた。
「無駄足運ばないで済んだもんねー。よかった、よかったー……」
何なんだって。
久々に会えると思ったのに。

「今日は誰と飲もうか」
幸いここら辺は七夕でにぎわっている。
いつもよりも安く酒を提供してくれるところも多数だろう。
「会いたかった」
呟いて驚いた。
乙女か。七夕だから、なんて。
神楽もいそいそと出かける用意をしに志村家に行ったが、サド王子は暇なのだろうか。
もしかしたら同じ知らせを受けて、今頃しょんぼりしているかもしれない。

ちょっと今、かまってやれる余裕ないかも。
拗ねているであろう神楽を慰めるとか、
どうせ志村姉弟に心配されているに決まっている。

織姫と彦星は大河に互いへの道を遮られているが、
その大河は仕事だなんて笑えない。
今日は晴天なのにこちらにはカササギの橋は渡らない。
私と仕事どっちが大事なの……なんて、
ヒステリーに叫ぶ女に同情したことは今までない。
それが今では理解できてしまう。

仕事にはいつまでも勝てないのだろうと思う。
大切な仲間もともにいる。
仕事のためなら自分を捨てるとか考えている訳では無いが、
仕事をなげうってこちらにくるなんて思っていない。

だから、別に七夕祭りでのデートとかを夢見ていた訳では無いのだ。
突撃すれば会いに行けると思っていた。
と言うよりも、そうやって会いに行く計画を立てていたから会えると思い込んでいた。
だから、会えないと言われてしまって、
それが永遠に勝てないであろう仕事と言うもので。
全く八方塞がりだ。

夕暮れがきれいで、
窓から見えた遠くの通りの提灯には既に火が入っていた。
賑やかになりつつある通りを恨めしく思った。

こんな時に声をかけると快く応じてくれるはずのマダオが、
今日はどこに行っても連絡が付かない。

そう言えば昨日会った時に今日は遠くの方まで二次面接に行くと言っていた。
「そういや、明日は七夕じゃねーか」
グラサンをかけたまま夜空を見上げてマダオが思い出したように言った。
「織姫と彦星は互いがいるために仕事をしなかったから引き離されたんだよな」
俺も仕事ちゃんと見つけて、はつに会えるようにならねーとな。
「おう、そうしてやれ」
なんて殊勝なことを言ったのは、明日こそは会えると思っていたからだ。

思えば二週間は会っていない。
街中でちらと姿を見かけることはあっても、
最近は空気を読んで業務中には話しかけていない。
沖田君が傍にないからか、非常にまともな副長をしているのだ。
其れもここ一週間に至っては姿すら見ない。

更には一か月ほどは落ち着いた時間で会っていない。
というか、ようはそう言うことをしていない。
忙しいにもほどがあるだろうと思うが、まあ、仕方が無い。

諦めている筈なのに、カップルの楽しげな姿に思わず心が荒む。
お祭りの人ごみの中にやたらと目につく。
別に、この年になってもまだ
イチャイチャしているカップルにコンプレックスを持っている訳では無い。
ただ今日は、会えないということをより強く思い出して痛いだけだ。

あまりに暗く沈んだ顔をしていたのか、
入ったお店では祭りに浮かれた店主に景気づけの一杯をおごってもらった。
すきっ腹にそれを収めると、酔いに脳が侵されていくのが分かる。
薄くもやがかかって鈍くなった頭の働きを程よいと感じる。
このまま酔いつぶれてしまえば虚しさが消えてくれるのに。

強い酒ばかりを頼んでいたら、
こんないい夜に酔いつぶれたら勿体ないと店を追い出された。
こんな夜にどこに行けばいいのかと空を見上げると、
丁度打ち上げ花火が始まった。
人ごみの中、立ち止まって空を見上げる人がちらほらといる。
天の川を光と煙とで見えづらくして無粋だ、とうがった見方をしてしまう。
視線を前に戻すと、目が合った。

頭にはお面を括り付けて、イカを咥えて、片手にヨーヨー、
もう一方にはりんごあめとわたがしを持ち、
薄紅色の花が散った浴衣に身を包んだお祭りフル装備な神楽、
の後ろをやつれた顔をしてついてくる沖田くん。

「…こんばんは、旦那」
「総一郎くん、神楽ちゃんとデートですか?」
「うわ、酒くせェ。相当飲んでますね」
「そんなことなありませんよぉ? ぜーんぜんまだまだ飲み足りないしぃ?」
だからね、酔っぱらえてないから、
なんで総一郎くんだけがここに居て、
アイツが来られないのかなんてことを考えられているんだよ。

「仕事は? サボったのか?」
「旦那にそれを言われるとは考えたこともなかったです。
 これでもちゃんと終わらせてきたんですぜィ?」
久々に疲れたと文句を言いながら肩を回している。
ぽきぽきと気持ちよさそうな音が鳴った。

「やつれた顔しているのは、てっきり神楽のせいかと思ったんだけど」
「違いまさァ」
まだパンパンに膨れている財布を見せびらかしてくる。
先ほどの店で濃い酒を大量に飲んだために、こちらの懐は寒い。

「今回のことは、まあいつも通り近藤さんが安請け合いして引き受け手ちまったんでィ」
なんで、土方さんのことは責めないでください。
「こんなにきれいに天の川が見えるのに、これから雨でも降るんじゃあねえか?」
沖田の額に手を伸ばしてみたが、触れる前に手をはたかれてしまった。
「土方さんなら今は屯所で伸びていると思いますよ。
 何とか今日の夕方までには終わらそうとしていたみたいですけど、
 一週間ほぼ不眠不休の状態で頑張って今やっと終わったばかりですから」
ヒラヒラと手を振って神楽の元に入ってしまった。
今日の彼は少し変だ。
目の敵にしている彼の肩を持って。

でもそんなことを考える前に歩き出していた。
会えるかもしれないと聞いて、動かない訳が無い。
先ほど飲んだ酒のせいで足元がおぼつかない。
それでもいつの間にか、縺れそうになる足を必死に動かして走っていた。
運動は血流を良くして酔いを早くする。
途中からは地面を踏んでいる感覚が無いままに進んでいた。

目の前がぐらぐらする。
夜の風が冷たいが、そんなもので火照った体は冷えない。
俺がこんな風にベロベロなのも全部あいつのせいだ。
あー、もう全く仕方が無い。
会えなくてさびしいから迎えに来てやったぞコノヤロー。

「ひっじかーたーくーん!!!!」
打ち上げ花火がうるさいから負けないように叫ぶ。
花火のせいで天の川は見えなくなってしまっていた。
そんなどこにあるかもわからない星に願いをかけるのではなく、自分で叶えに来てみた。
「会いに来てやったぞー、でてこーい!!!!」
自分の声が頭に反響する。

「仕事が終わってまで恋人ほおっておくってのは、無いんじゃないでしょーかねー!
 多串くーん! 大人しくでてきなさーい!」

「多串じゃねえ、土方だ」
折角この先もいろいろ言うことを考えていたのに。
久方ぶりに見る土方はまたまた珍しい袴姿だった。

「さっきは土方って言っただろ」
沖田よりも疲労が色濃く見える顔。
胴体にタックルと共に抱き着く。
咄嗟に土方は引きはがしにかかったが、酔っ払いに叶うと思うな。
「仕事と俺とどっちが大事なんだ、彦星様」
「それならお前は織姫様なるけどいいんだな、それで?」
誤魔化しにかかっているのか何なのかはわからないが、
お前と即答してくれなかった所ですでに満足できない。
さあ、どうやって困らせてやろう。
そうしてどうやって、コイツの頭の中を俺で一杯にしてやろうか。

久々に会えた。
ニヤニヤが止まらない顔を胸に押し付ける。
「今日はどうしたんだよ……」
困惑の声。
そこには少し喜びが混ざっているように感じたが、
俺の勘違いだったとしても、もうそう決めた。
土方はいまそう思った。

「会えてうれしいんですよー。わるぃか」
脳みそが反射的にはじき出した言葉をそのまま口に載せると、
さすがに恥ずかしいことになった。
「とりあえず、上がれよ」
普段は入れてくれない屯所内なのにこうもあっさりと上げてくれるとは。
ただ一つ不満を言うならば、何でそんなに力強く引きはがされたのか。
「なんだよー、土方くんよー」
握り拳を作って軽く胸のあたりを殴ったらそれも避けられる。
ああコントロールがうまく行かない。
足がふらふらする。

「……ったく、一体どんだけ飲んだんだ?」
「んー? 沢山?」
なんで疑問形なんだよ、と言いながら土方の手が帯に伸びた。
次の瞬間、視線がいつもより高くなる。
「大人しく、捕まっとけ」
肩に担ぎあげられていた。
そうか、これなら足元がふらついても安心って、まったく土方は横暴じゃないか。
ほらこうもっと、お姫様抱っことか、色々と選択肢はあったろうに。
特に今日は俺は甲斐甲斐しくも彦星を迎えに来た織姫なんだから。

「銀時、」
「ん?」
「いや、いいや」
ちょっと聞こえた気がしたのだ。
俺も会えてうれしいと。

ああ幸せなんだ。
そう思うと更に酒がまわってくる。
適合量以上に飲み過ぎたことは自覚していたが、ここまでとは思わなかった。
触れている体温が土方だと言うだけで安心できる。
酔いは眠気にすり替わって来ていた。

今頃、織姫と彦星も出会えたことを喜んでいるのだろうか。
純粋に、そうだったらいいなと思い、どうしようもなく重い瞼に抗うのをやめた。

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あとがき
今年の七夕は私の住んでいる地方では、あいにくの曇りでした。
世界中探せばきっとどこかの空では綺麗な天の川が見られたことでしょうから、
そうしたらそこまで行けばきっと彦星と織姫は出会えると思うんですよ。
っていうところがベースにあったりなかったりするのですがどうでしょうか。
大遅刻の反省と共に、おまけをブログの方にあげるのでよろしければご覧ください。
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