酔っ払いが


酒には思わぬ力が潜んでいる。
いつもはいがみ合っているだけである筈の相手が、色っぽく見えるなど。
お酒の力でなければ、眼科に行くべきだ。いや、精神科か。


何故だかは覚えていない、がしかし、機嫌がよかった。
ただそれだけでいつも行きつけの店で、いつものようにあの銀髪に会った時に、いつものような小競り合いが起こらなかった。

「奢ってー」
と言って集ってくる奴に、今日ばかりは素直に奢ろうとか思った。
別に良いかななどと、いつもよりもほんわり笑っていた(ように見えた)ため、思っていた。

「おおぐしくーん。」
いつもは遠慮なく注文するくせに、この日ばかりは
「もういっぽん、あけていーい?」
などと言うものだから、機嫌よく頷いてしまった。

他から見てみれば不機嫌極まりないぶすっとした返事だっただろうが、
付き合いの長い目の前の奴なら気が付いてしまうかもしれないような。

慌てをごまかすために煙草に火をつけて、ニコチンを補給し落ち着ける。
万事屋は注文した日本酒の瓶を傾けて、コップになみなみと注いでいた。
その時に止めればよかったのかもしれない。
互いに酒に強い方ではないというのに、かなりの量の4合瓶とジョッキが机の隅に置いてあった。

半分よりも多いぐらいの量を万事屋が消費していたのだから、追加注文はけんかになろうと止めるべきだった。
「おぉるりくーん。」
「多串じゃねぇ、土方だ。」
…もはやそれは大串でもないんじゃねーか。

その時、気が付いてしまった。
お酒は血行を良くする。

頬を紅く染め、
目を潤ませ、
舌足らずになる。
それは、とてつもない色気を放っていた。

「ひりからくーん。」

多串君と言ったら、多串君ですぅ。
などという憎まれ口を叩かずにすぐに言い直す万事屋は、
脳に直接ショックを与えるように、刺激が強いモノだった。

視線を外すべく、わずかに下を向く。
目に入ったのは、
剣を握るものとしては傷が少なく、細い手だった。

それが、見つめられているのを知るかのようにわずかに動く。
その動きに色気を感じ取り、またどきりとする。
何を考えているのか、自分で自分に忠告したい。
でも、考えずにはいられなかった。

「ひりからくん?」
呼びかけられて再び前を向く。
と同時に、机に無造作に置いていた手に、先ほどまで観察していた万事屋の手が重ねられた。

(ッッ!!)
「家まれ、おくって?」
頷かなかったら、何をしてくるのか分からないという訳の分からない妄想に慄いた。

何をしてくるわけでもないだろうに。
それを“期待”と呼ぶと、気が付いてしまったからこそ無視しなければいけないと思った。

「ぁ、あぁ。」
適当に返事をして、落ち着かない心で代金を支払った。
釣りはいらないと言ったのは相手へのサービスではなく、
家まで送ると言ったことに安心したのか、まどろみ始めた万事屋を少しでも離しておきたくなかったからだ。

半ば引きずるようにして、落ちかけの万事屋を引きずる。
自分に頼ってくれたと思ってしまうあたりが、何とも言えない頭の悪さを感じさせるというか。
面倒事を押しつけられたとか、自分で歩けよこの馬鹿とか考えていたのが、先ほどの色気にあてられて全く持って浮かばない。

万事屋の中には誰もいなかった。
歌舞伎町四天王のうちの一人が下に住んでいるからか、
機械娘が住んでいるからか、鍵はかかっていなかった。

「おい、ついだぞ。」
ゆすって起こそうとすると、むずかって起きない。
都合よく敷いてあった布団に放り投げた。

「帰るからな。」
と言っても、
寝ているのか何も反応しないのが恨めしくて、先ほどよりもさらに強くゆすった。

「…銀時。帰るぞ。」
「あー、はいはい。」
寝言ともつかぬ声の大きさで、めんどくさそうに言われる。
俺は、此処まで運んでやったんだという趣旨のことを言おうと口を開いた時に、
ゆすっていた方の手を掴まれてバランスを崩した。

手が、繋がれる。
「だいじょーぶ。」
何が、
大丈夫というのだろうか。

手を握っている相手が誰だかも知らずに。
寝ぼけてした行動とは言え、手が熱く感じた。

このままこれを振り払って帰ることもできる。
折角のオフを有効利用するとしたらそちらの方が良いと思う。
それでも、願わくば起きた時にどきりとしてほしいから。
自分のこの訳の分からない思いに似たものを感じ取ってほしいから。

手をつないだままに、布団の敷いてない畳に寝転がった。
酔っているんだ。
記憶が無い。
無いなら無いで、明日思い出せ。

緩んだ手を寝ている間に外れてしまわないように、恋人つなぎにしておいた。

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あとがき
総じてうちの子たちが乙女だー!
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