ナチュラルにさとそまがセフレしている話。
アニメ記念。
北海道の夏は短い。
一年越しに付けたエアコンは、埃っぽい空気を排出するばかりで、
温度が下がっているようには思えない。
二人の熱によって上昇した空気は、決して甘くない雰囲気で停滞している。
「ねえ、佐藤くん」
シャワーを浴び終わって部屋に戻ったら、
既に半分瞼が落ちかかった相馬が、いつも通り声をかけてきた。
微睡みの中に片足を入りかけているからだろうが、
どうにも声がそのままぐずぐずに溶けて無くなりそうに重い。
普段はそこで終わってしまうか、答えを待っていない言葉が続くが、今日は違った。
「佐藤くんは、轟さんが、好きなんだよね?」
どこか間延びした声に、理解が一瞬遅くなる。
「……ああ」
ゆっくりと開いた口から溢した言葉は、取り返しがつかなく部屋に蔓延する。
「知ってたよ」
すぐにそんな答えが返ってきた。
「ねえ、佐藤くん」
相変わらず間延びしたような声で、呼びかけられる。
それより先を続けようとしないから、寝たのかと思って何だと口を開きかけた時。
相馬の声が被った。
「俺はね、佐藤くんが、好き」
口の先から零れかけていた言葉は、そのまま波を引く様に消えていく。
同時に頭の中の思考までも奪っていって、
気が付いた時には相馬はベッドで静かな寝息を立てていた。
たった一言の、わずか二文字の言葉だ。
小さなかけらに過ぎないそれは、足元を揺るがすには十分すぎた。
息を吐くほどに、何かが喉に刺さったかのような痛みを覚える。
ベッドに横になって目を瞑っても、全く眠りに落ちれない。
鎮静化した部屋に満ちる冷たいエアコンの空気の流れを止めれば、
相馬の吐息がやけにはっきりと響く。
それと共に先ほどの言葉が何度も繰り返し頭の中で再生されては、
その度に雪のように降り積もっていく。
段々とのしかかってくる重さが増して、誰のどんな言葉よりも重い質量を持つ。
以前ならば、きっとこんなことは無かった。
微睡みの中を行ったり来たりするだけの夜は過ぎて、
いつの間にか部屋には光が入ってきていた。
相馬は、何事もなかったかのように帰って。
そしていつも通り、俺は朝食を食べた。
胃が痛くきりきりと絞めつけるようで、
半分以上を残して、冴えぬ頭で再びベッドに寝転んだ。
――◆――◆――
吐き気がする。
気持ち悪さに胃がひっくり返っているんじゃないかとさえ思えてきた。
自分で稼いだお金をある程度の足しにしているとはいえ、
両親のお金で行っている学校だからと、
全く眠れなかったせいで却って冴えてきた頭で大学に足を運んだが、
一時間もすれば徹夜の興奮も収まり、睡眠不足の代償が出てきた。
ただ、気持ち悪いのはそれだけでは無い。
朝ごはんを食べなかったのも原因の一つだが、
食べられなかった所が一番の問題で、それ以外のことはむしろ副産物だ。
どうやって、家に帰ったかの記憶が一番薄い。
部屋を出るまでの間は、その一分一秒までもが記憶に鮮明に焼き付けられて離れない。
まるで寝ているかのように、一定の呼吸のリズムを保って、
やわらかな吐息を立てる。
ベッドのシーツに押し付けている耳から、異様に大きな心拍音が聞こえた。
マットレスを通して、部屋中に反響していそうな。
ただ、ひとかけらで良かった。
ひとひらで良かった。
持て余した想いの先を、ぶつける先が何もなかったから。
気が付いていないのではないと思った。
気が付かないふりをされているのだと。
だから、勘違いしてしまうのだ。
自分で言うのもアレだが、この計算高い脳が。
最初に出された条件も、途中課程も変わらず、ただ結果だけが違うのだ。
望みがあるだなんて、思ってしまうから、だから、どうしようもなく恋焦がれるのだ。
望みなど、初めからありもしないのに。
好きな人が居て、それでも段々とこちらのことを気にするそぶりを見せてくれて、
だったらと普通の人は思うかもしれないが、
あくまで結果だけは揺るがないのだ。
それを、ただの知識と、他に使えた経験則だけで計ってしまう。
一般化をしてしまって、それこそが他でもない自分自身の首を絞め上げるのに。
気が付かないふりをされている。
押してみればなんて思うから、だから可能性の全否定を選んだ。
痛い。
頭が痛いし、胃が痛い。
吐きそうだ。
口から色々な臓器が飛び出してきても何もおかしくないと思う。
むしろそうして死ぬんじゃないかと思える。
ねえ、佐藤くん。
情事が終わった後に、俺がたまに言うその呼びかけを、
始めて口に出したのはいつのことだったか。
ねえ、佐藤くん。
その次に続く言葉を知って、どう思った。
ねえ、佐藤くん。
堪らなく泣き出したい思いを、一体俺はどうすればよかった。
呆然として一言も発さずに朝を迎えて、
その呼吸からひどく動揺していることだけは伝わった。
セックスの時だけ濃厚な時間を共有する。
それ以外はつかず離れずのちょっと仲がいいぐらいの、ただのバイト仲間。
その関係は、それなりに幸せで、満足しようと思えばできた。
週に一回ほど、好きな人に抱かれる。
決して乱暴に扱われるわけでは無く、ただの性欲処理としては、上出来なほどの扱い。
ヤッている間は、目に映るのは俺だけで、それはどんな甘味よりも耽美で甘い。
都合のいい人でいるように、常にバイト以外の予定は開けていたが、
決まって火曜日が木曜日に体に負担をかけない間隔で、
呼ばれては、体を重ね、
終わった後も追い出しもせず、俺は図々しくベットで寝た。
ねえ、佐藤くん。
想いが堪らなく体を蝕んでいくのだ。
小指の先から、頭の先まで。まさに隅から隅まで覆い尽くすように。
終わった後に必ず先に入れてくれる。
そしてベットで疲労感に身をゆだねていれば、シャワーの音が聞こえる。
ベットで寝ていてもそれをため息一つで諦めて、
自分はソファから足をはみ出して寝る。
その様子を幾度となく、見てきた。
それは、何て優しく、何て酷い。
だから、俺はその優しさを踏みにじった、醜い人だ。
恨まれていい。むしろ恨まれた方が良い。
こんなにも、人を好きになったことは無いだろう。
そしてきっと、これからもない。
これは一世一代の大きな恋だ。
ねえ、佐藤くん。
これでもまだ、俺は受け入れてもらえるかもしれないなんて、
淡くて甘くて、まるで少女漫画のような、綿菓子のような妄想をしているんだ。
ねえ、佐藤くん。
綿菓子よりも甘いこの妄想は、他の何よりも心を蝕んでいくんだ。
だから、どうか、真綿で首を絞めるようなそれを、断ち切って欲しいと、佐藤くんに委ねた。
佐藤くんの家に行けばいいのかもしれないと思ったが、行くのはやめた。
拒否されたときにどうやれば家に帰れるのか見当がつかなかった。
これはだから、最後の恋だ。
年端のいかない希望を打ち砕くために。
結末を知っておきたいのだ。
二度と、こんなことは無いだろう。
決してもう二度と訪れないだろうこの恋を、最後まで知りたかった。
もしもあの時、なんて後悔は最後の恋にはいらない。
そしてそのもしもが無くなるとしたら打ち砕かれたい。
そうすれば、その欠片の一片でも心に刺さるような気がして。
「ねえ、佐藤くん」
息がつまりそうだ。
家の前にうずくまっている影が一つ。
喉に逆流してきそうな息を一気に吐き出す。
「どうかしたの? それとも昨日の返事?」
当たり前のように。
何事にも思っていないように。
繕った声は予想以上に不安をうまく隠していた。
「相馬。試しに付き合ってくれと言ったら、お前は断るか?」
「断る訳が無いこと、佐藤くんは知っているでしょ」
それは何とも最悪な、残酷な申し出だ。
それを分かって言っている佐藤くんは、最低野郎だ。
振られた方がよかったかもしれない。
これはきっと、砂糖菓子よりも甘い蟻地獄で、
きっと入ったら二度と抜け出せない、何よりも酷い歓楽だ。
「最低最悪だね佐藤くん」
「ああ」
「そんな君のことが好きだけど」
「ああ」
「佐藤くん。君のこと、轟さんから俺は奪うよ」
「ああ」
「覚悟していてね」
吐き気がする。
きっと体の関係の方が先だった、
マイナスから始まった俺たちの本当の始まりは、こんなところでちょうどいい。
「絶対メロメロにしてやるから」
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- 07/04
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久しぶりの更新となりました。
上手くまとまらず、お題小説の難しさを改めて実感しました。