49.難解なパズル


目が醒めたら戦士がそこにいた。
しかも、首を絞めようとしていた。
意味が分からなくて、訳が分からなくて、とりあえず生理的な涙で滲んだ視界で何とか抵抗しようとした。
宙を掴むように何度か足掻いて、それでも拘束は外れなくて、代わりに雫が下に落ちて行った。
はっきりとした視界に映った戦士の表情はなぜか苦しげで、見間違えなんかじゃなければ確かに泣いていた。
「…ろ、す…」
そこで初めて自分のしていることに気が付いたように慌てて戦士は手を外した。
息は苦しいままで、まだ手が喉を抑えているような気がして気道が確保されているのを確かめるように咳をした。

怯えたような顔で戦士が言った。
「め…な、、い」
唇の動きから分かったごめんなさい。
謝ったの。冗談だっていつもみたいに薄ら笑いを浮かべないの。
何で逃げ出す。

悪いことが見つかった子供みたいに後ずさって、部屋から飛び出していった。
扉がすごい音を立てた気がしたけれど、それよりも何よりも戦士の行動は不可解だ。
「…アルバさん」
廊下の向こう側からルキちゃんが来た。
「大丈夫、だった?」
「戦士がどうしたか、知ってるの?」
「え。あ、いや、すごい音がしたから…」
じゃあルキちゃんに聞いても分からないってことか。
なんて少し落胆したら、
「でも、ロスさんがなんでそうなってるのかは知ってる」
そうなってるってどういうことだろう。
今起きたことだけじゃなくて、維持してきた状態のような言い方は。

「どういう、こと…?」
「気が付いてなかったの?」
その言い方じゃあまるで、戦士が不安定な人みたいじゃないか。
「どうして…?」
「アルバさん、鈍感にもほどがあるよ」
それがどれだけ人を傷つけるかだなんて、分かりもしないんだろうね。
いつになく暗い顔でルキちゃんは吐き捨てた。

冗談だと笑えないような、人を一人殺しかねないようなひどいことをしたのは戦士の筈なのに、
ルキちゃんはどう考えても僕を責めている。
こんなところでむやみやたらと人を攻撃する子でもないし、こういう場合に理由もなくなんてこともない。
でも、思いつかないのだ。
「分かってなかったの…?」
それは鈍感だから人を傷つけると言ったさっきのこと自体を指しているのではなさそうだった。
「どうしてもわかんないんだったら、今度ロスさんに聞いてみればいいよ」

――◆――◆――

「自分で考えてみてくださいよ」
そう言った戦士の顔を見て、ああ昨日のことは夢じゃなかったんだなと思った。
まるで無かったことにしたかったみたいな。
…涙を見られたから?
だってあれぐらいの暴力、普通にある。

「勇者さんが無かったことにしたくないならそれでいいんですけどね。でも、それには答えませんよ」
何であんなことをしたかなんて、分かるまで答えません。
いいえ、勇者さんが答えるまでは言いませんよ。
――分からない。
鈍感だとルキに蔑まれようと、戦士に呆れられようとも。
「教えてよ。僕は戦士に何かした?」
分からないなら聞くしかない。
なのに、冷たい目と共に壁に押し付けられた。
「いい加減にしてくれませんか。俺が何したって知りませんよ」
「――痛っ」
戦士の爪が喉の一番上の薄い皮を引っ掻いた。もしかしたら血が出てるかもしれない。

顔を近づけられて何が起こるのかと身構えた。
「なんでそんなに疎いんですかね」
首筋にかかった息に鳥肌が立つ。
戦士の舌が、べろりと喉を舐めた。さっきの傷がついているところを。
何も言葉が出ないでいると、上から噛まれた。跡が付くぐらいに。
「あんたは一生俺のものだ」

今、何かを掴みかけた気がしたのに。

そのまま戦士はいなくなった。
「ロスさん!」
ルキちゃんが宿を出たところで慌てて呼び止める。上の階の窓からぼんやりとそれを眺めていた。
「本当に、行っちゃうの?」
「ああ。ここに居るわけにはいかないから」
「アルバさんのこと?」
「別に望んで居たわけじゃ無いからな」
「ねえ、本当に、これでいいの?」
「ああ」 「じゃあな」
ぐしゃりとルキちゃんの頭を撫でて、こちらに背を向けて戦士は歩き出した。
窓の方など一度も見ないで。

ルキちゃんはくるりとこちらを向いた。
「なんで、何で追いかけないの―ッ!!」
そうやって、本当に怒っていた。
「なんでって…?」
「だって、だって、ロスさんは本当は、アルバさんのこと誰よりも大切に思っていて、
 傷ついてなんか欲しくなくて、でもあんなことをするぐらいに追い詰められていて、
 だから、ロスさんは、アルバさんが、」
「ちょっとルキちゃんタンマ!」
待って待って、それはつまり…。
頭の中で今までバラバラだったものが、さっき掴み損ねたものが形となっていく。
「最後まで聞いてよ、アルバさん! だからね…っ!」
「ちょっと待て、ルキ。俺に言いたい事があるなら聞きますけど…勇者さん?」
挑発的な笑みに向かって、寂しげにも見える微笑みに向かって、二階から格好つけて飛び降りた。
足の骨が折れるような音がしてヤバいなと思った後に激痛が走ったが、大丈夫いつも通りだ。
「好きなら好きって言えよ! 僕の鈍感さ舐めるなよっ!」
「言えるわけないでしょうが。巣の表情で早合点して、何の冗談かと思ったなんて言われたら立ち直れませんよ」
「戦士のとは違うかもしれないけど、僕だって好きだ!」
「でもそれは、恋人にはなれないでしょう?」
「なんで諦めるんだよ! 戦士が、ロスが頑張れば良いだけの話だろ! なに努力をする前から諦めてんだよ!」

呆気にとられたような顔を戦士はした。まさに目からうろこが落ちたような。
「でも、気が付かなかったでしょう? 前までそんなことをしたとしても」
「今は知ってる。から、多分気が付く」
「本当に遠慮なくなりますけどね。俺、本当は欲しいと思ったものは手に入れるタイプなんで」
「じゃあ、そうすればいいだろ」

これで合ってるってルキちゃんの方を見たら、後ろ後ろと指を差された。
何故か襲い掛かってくる寸前みたいな構えのロスがいて、足が骨折していて逃げられないことに気が付いた。
この暴力の数々はなんなのってルキちゃんにあとで聞いたが、小学校のころの男の子が好きな女の子にちょっかい掛けるのと一緒だよって答えられた。
…それは、なんか違う気がする。

目次へ戻る

11/22
その人にとって異様に難しくても周りにとっては考えるまでもない簡単なことって実際にあるよねって話。
inserted by FC2 system