「かわいそうまさん」
「久々だね…。つなげて言うのやめてくれるかな?」
「そんなかわいそうまさんは、山田が慰めてあげます!」
「人の話聞いてた!?」
相馬のそんな声を聞いていなかったかのように山田はいつも通りに相馬に抱き着いた。
いつも通りでなかったのは、
「ぐほっ!」
という相馬のオーバーリアクションと、
「じー」と言う佐藤の目。
「山田さん山田さん」
「そーまさん、どうしましたか?」
うりうりとおなかのあたりに顔をうずめたままで山田は応じる。
「俺、仕事しなくちゃ」
「大丈夫です。サトーさんが全部やってくれます!」
自信たっぷりに山田は言い放った。
相馬に体を密着させたままに。
「仕事舐めんなよ」
ぺりりと佐藤が山田を引きはがす。
「いーじゃないですか! かわいそうまさんを慰めてるんです! 山田、超いい子!」
褒めてくれ光線の出ているキラキラな期待の眼差しから相馬は思わず目をそらす。
「やまだーっ!」
丁度のタイミングで、フロアのほうから叫び声がした。
「小鳥遊さんがきちゃいます。それじゃ行きますね! 落ち込まないでください、相馬さん!」
元気よく手を振って退場した山田の背中が見えなくなってから、相馬は言った。
「なんでかわいそうと言われたのか聞くの忘れた」
「ぶほっ」
八千代に突拍子もないことを言われた時の発作のように佐藤は吹いた。
「佐藤君」
げほげほといくつかやっていた佐藤が復活してそんな相馬の呼びかけに応じる。
「なんだ」
「すこし、君の気持ちわかった気がする」
ため息とともにそんな言葉を漏らした相馬にここぞとばかりに佐藤は言った。
「ならやめろ。このドS」
「やめろと言われたらやるのが人情でしょ?」
「人情じゃなくてそれは非情だ」
「あ、うまいねー」
いつも通りの胡散臭い笑顔を浮かべる相馬。
「ってか、どうすればいいと思う?」
らしくなくそんな言葉を投げかける。
「自分で考えろ」
「そうだねー。佐藤君に聞いても。なんせ、押しの弱さで四年にわたって片想いだも、ぐほぁっ!」
「フライパンを飛ばす癖、どうにかならないの?」
「そのおれへの嫌がらせをやめるのなら考える」
「えっ! 考える程度なの、そこ?」
「からかわれの年数が違うからな。いきなりやめたところでチャラになるためには何年も…」
「細かい男だね、って、言ったそばからさとーくん!?」
「てめぇにだけは言われたくない」
サラダのレタスの量まで見てわかってしまう人だ(相馬さん初登場回参照)
言わんとすることもわかる。
誰よりも何よりも細かい男だ。相馬博臣と言う男は。
「そうだ、かわいそうって言われたのは……」
「佐藤くん、何か知ってるの?」
「いや、やっぱりいわねぇ」
佐藤くんだけ知ってるなんてずるいと相馬は騒ぎ出す。
山田のことだから少し考えればわかるのにとため息をつく佐藤。
どうして、自分の好きな人のことだけはこんなに気が付かないのだろう。
「山田も同じだけどな。」
「山田さんも同じって、何が?」
「いや、なんでもあるけど、なんでもねぇ」
「どっち!? それ佐藤君どっち!?」
うっかりすると強請ってきそうな相馬のツッコミを無視して、佐藤はオムライスに載せるオムレツを作り始めた。
「なんで、卵割ってんの? 俺の質問は?」
「なんで好きな人の事はわかんねーかな」
「佐藤君だって、轟さんの事分かってないよねー」
「うるせえ」
「教えてやろうと思ったけど、やっぱやめた」
心にもないことを佐藤は言う。
そうすると、相馬が慌てるだろうと踏んで。
「けち臭いよ、佐藤君」
「いつものお前よりも、ましだとは思うぞ」
「轟さんに―――」
「ヤメろ」
「分かったから。
いや気が付かない、というか知らないお前にも問題はあると思うけど。
伊波に、お前好きな人が居るってバレてんぞ。」
「は!? 伊波さんに!? なんで!」
「分かりやすいってことだろ」
分かりやすく絶句する相馬。
「で、いつも相馬に抱き着いている山田に言ったわけだ
“好きな人いるみたいだから、あんまりくっつくのはまずいと思うよ。”と。」
「あー、伊波さんなら言いそうだね。」
「そして、好きな人が居るのに彼女はまだ居ないお前を見て、
“振られたんだ”と考えた山田は、抱き着いて癒されてもらおうと。」
結局伊波の忠告は無かったことになっているんだな、と佐藤は小さくツッコミを入れた。
「なんでそんなこと分かるの佐藤君!」
「むしろなんで分からなかったんだ? お前の情報網にかからなかっただなんて、珍しい。」
「…俺の事だからじゃないかな?」
そんなことも分からないの? 佐藤君は馬鹿だねー。
と言っている相馬は、余裕が無いらしい。
いつもは馬鹿だなんて直接的な言葉など一切使わないのだから。
「ちょっと山田さんのところに行って誤解を解いてくるよ。」
「それは暗に仕事を押し付けようとしているだろ?」
佐藤の言葉など無視してそのまま相馬は厨房から出て行ってしまった。
「そこに気が付かない以上に、何でお互いに好きなことに気が付かねーんだろうな。」
呟くと、佐藤は八千代を思い出した。
そして最近知った小鳥遊の事も。
言われてからだったが伊波を見ていれば分かる。
「さとうくん、オムライスそろそろ……。」
「あ、ああ。すまん。」
八千代はよく働く。
そんな八千代に認めてもらうためには、もっとちゃんと頑張らないとなと佐藤は考えて。
熱したフライパンに鮮やかな黄色を落とした。
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- あとがき
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最後の方はさとやちになっていた!
自分の“お兄さんになって”発言に引っ張られて、今更好きと言っても本気にしてもらえないと思っている山田さんと、
“お兄さんになって”発言で山田さんは自分の事を好きにならないと思い込んでいる相馬さん。
という関係が好きです。