いつもそれは唐突だった。
「ねえ、佐藤君。今日行っていい?」
そして始まりも唐突だった。
「ねえ、佐藤君。俺、轟さんの代わりになってあげようか?」
選択権はいつも俺にあった。
終わりは相変わらず唐突で、でも強制的なものだった。
「ばいばい、佐藤君」
疑問を返すのが精一杯だった。
「なんで…?」
「だって楽しくないんだから」
始めの理由もそんなところだった。
「だって溜まってるでしょ、佐藤君。だからって、好きな人でヌく訳には行かないし」
あとで会った時の罪悪感が半端ないよね、なんていっそ朗らかに言いながら。
「だから俺を抱けばいいよ」
快感さえ与えてくれれば。
飢えていると言いたげだった。
むしろ欲しいのはお前の方じゃないのか? との俺の声に対して応えた相馬の笑いは、
「あはは。そうかもしれないけど、それは関係あるの?」
乾いていた。
俺の頭を抱き込んで、そして耳元に口を寄せて。
「で、どうするの?」
ゆったりと細い指が俺の耳をなぞる。
そして、ねっとりとした熱いものが絡みついてきた。
背筋にゾワリと何かが走って行った。
頷いた時、のどがゴクリと鳴ったのが自分でも分かった。
つややかな青、そして瞳の更に濃い滲んだ色に、疼いた。
男にしては華奢な方だと思う。
それは自分もよく言われるが、相馬とは身長がまず違う。
上背の分だけまだ自分の方が男性的だと思う。
でも二人とも、女ではない。
服を脱いだ状態で、ベッドに座っている相馬がしゃべりだす。
「あ、どうする? 目隠しでもする? 目の前に俺がいたんじゃ萎えるでしょ」
どこから取り出したのかその手にはハチマキのようなものが握られていた。
「声は出さないように気を付けるよ。
だから、佐藤君は目をつぶって、俺が気持ちよくなれるように、そのままでいて」
布を持っている手をそのまま握って、後ろに倒した。
なんだか飄々とされているのに腹が立った。
こちらの脳内はこれから流れるであろう濃密な空間を既に期待しているのに。
余裕とか無い。
それほどまでに潤んだ瞳に煽られていて。
蹴散らしたかった。
そこまで意識を持って行かれている自分ごと。
「騎乗位で女に腰振らせるのが俺の趣味じゃないからな」
「あ、ちょっとゾクリと来ちゃったかも」
そのままだったらヘタレを脱却できるかもね。
「黙れ」
耳をべろりと舐めると相馬が息を飲んだ。
目が揺れて、そんな目と合って、思わずにまりと笑った。
ああ、初めて見た欲情の色。
唇を噛み締めて声が漏れないようにしている。
「へえ、耳弱い?」
耳朶にそっと囁きかけるとちょっとだけ睨んできた。
「気持ちいいのがイイだろ?」
女にするように乳首を転がすと、ぷくりと赤く立ちあがる。
同時に首筋を撫でれば、さっと鳥肌が立っているのが舌触りで確認できた。
ゾクリとした感触。
指で鎖骨のあたりからお腹のあたりまでなぞって、その下へと手を伸ばす。
ほとんど起っている状態のソレを掴んで、扱うと段々と上がってくる相馬の息。
ときどき漏れる仄かな息。
「やっ、め、ん」
塞ぎきれてない口から零れる喘ぎ声。
早く早くと腰が疼く。
だからこそ、口を塞ぐ余裕なんてない相馬が見たくて、扱う手を止めた。
きょとんとした顔で、見上げてくる。
それにさえ自分が感じているように思われるのは、今日の何かがおかしいからか。
「なめて」
ぐいと口の中に指を二本突っ込んだ。
「それとも痛い方が良いのか?」
何も返事が来なかったので、唾液で光る指を引き抜いた。
「なんの馴らしもしないで入れるか、もしくは自分でほぐすか、どっちがいい?」
ぼんやりとした目で相馬はこちらを見て、自分で下に手を伸ばした。
とろりと何も考えていない、無意識のような目でそれをする。
手つきに躊躇いが無く、もしかしたら経験があるんじゃないかと思ってしまう。
だから、どうした。
でもその手を引き抜いて、ベッドに縫い付けて。
先走りで濡れているとはいえローションも何もつけていないままに、押し込んだ。
「んんぁっ!」
初めて漏れた相馬の声。
苦痛にゆがむ顔。
でもまだ半分しか入ってねぇよ?
言うと真っ直ぐに相馬はこちらを見てきた。
やっぱり目を隠しておいた方がよかったかもしれない。
歪んで、歪で壊れた始まり方。
次の日、相馬はいなくなっていた。
ベッドの隣が開いていて正直ほっとしたが、鍵が開いたままなのは不用心でいただけない。
合鍵を渡そうとすると、
「欲しくないんだけど、こんなの」
縛られるのは嫌なんだ。
だから持っていたくない。
そうして突き返してきた。
「で、今日行くからね?」
そんな風に決定事項と告げてくるのに、俺が頷くまでは決してそれ以上に何か言わないのだった。
相馬が来るようになってから少し部屋が綺麗になった。
前までも確かに物に執着しない性質だったのが、より一層ひどくなったという方が正しいか。
なぜか物を捨てたくなった。
部屋で一番目立つのは、真っ黒なシーツのベッド。
静かに吐息が響く。
互いにそれ以上の音を発さない。
嬌声だとかそんな甘い声が響いたこともない。
甘い吐息なんて言葉があるがアレは嘘だ。
二人の域はとてつもなく重く、部屋の隅に停滞していくようだった。
手放さなかったのは俺ではなく相馬だったが、それに気が付いた時にはすでに俺はどっぷり嵌っていて、
今こうして手放されてしまった時に、喪失感を覚えるほどに。
普通の恋人同士ならばピロートーク何てよばれるような、愛を語らうはずの時間。
その時間は薄氷を踏むように不安定なまま進んでいく。
どちらかがベッドのぬくもりを抜け出すまでの虚空の時間。
体がだるくて、でもいつまでもここに居る訳に行かなくて、隣の人など慮っている余裕などない時間。
いつもは何も言わない。
饒舌な相馬はベッドの上では寡黙だったが、くるまっていた布団から頭だけ出して、相馬は何の感情も思わせない声で。
言ったのだ。
「ばいばい、佐藤君」
「なんで…?」
「だって楽しくないんだから」
俺からはぎ取ったままの布団をパタパタと引きずりながら浴室へ消えていく相馬。
その足取りはいつもと変わらなかった。
風呂から上がってきて、
今日着て来たけれどもすぐに剥ぎ取ってしまったためにほとんどその姿を見なかった服を相馬が身に着けた時。
「相馬」
「何、佐藤君?」
「もう、来ないのかよ」
未練がましくそう言ってみると、
「うん、行かない。楽しくないことはしない主義だからさ」
なんて、返ってきた。
「好きだって、言っても?」
ほんの戯れだった。
「でも、それ嘘でしょ?」
即答。
「じゃあね」
相馬が風呂を占領していたために裸と言う間抜けな格好のままだった俺は、
そのままひきとめもせずに見送った。
どちらかというと放心状態で、引き留められもせずに。
何故か相馬は来ないと言っていた次の日に俺の家に現れた。
「中に入るか?」
「いや、ここでいいや」
ちょっと話を聞いてくれる?
なんて、いつもは一方的にしゃべるだけの男が聞いてきた。
ああそれでも、頷いてから気が付いた。
この男は必ず俺に選択させたっけなその後に。
昨日の事以外は。
「ちょっとさ、やっぱり全部やめにしようと思って」
言っている意味が分からなかった。
「正直俺、バイトしなくても普通にお金稼げるし。ちょっと黒ずくめのお友達に頼めばすぐにもらえるし」
さらっととんでもない内容を口にする。
「じゃあ」
「そう、佐藤君とこれでお別れだね」
だからね、佐藤君に告白しに来たんだ。
「好きだったよ。ずっとさ。だから苦痛だったよ。楽しくないんだ、佐藤君に恋するの」
じゃあね、ばいばい、佐藤君。
昨日と全く同じ声音で。
相馬は告げてきた。
「って、何よ佐藤君。離してよ」
「あ、いや、なんか」
つい、なんて言ってはいけないか。
それでも後ろを向いた相馬の手首をつかんで引き留めていた。
「佐藤君、何もないんだったら放して。楽しくないことはしない主義なんだ」
「なんだったら、お前はここに居てくれる」
抱くように引き寄せて耳に囁いた。
「ずるいなぁ、佐藤君は」
「その声で、愛を囁いてくれたら君のものになってあげてもいいかなぁ」
「は?」
「ね、俺の事気に入ったんでしょ。佐藤君から離れないからさ、だから代わりに楽しみを頂戴」
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- あとがき
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結局歪んだまま継続中。
目をつぶっていたい相馬さんと、何も変わらないと思い込んでいる佐藤さん。
途中までは別の題名だったのですが書けないことに気がついて変更したために、終わりへのつなぎ方が残念なことに。
なんかエロいのを書こうと思ったのにこの始末。
ちゃんとエロいのを書けるようになりたいです。