言わないでよ


「ふざけないでよ。」
「ふざけてねぇ。」

おかしいおかしいおかしい。
だってヘタレの佐藤君がそんなことできる訳ないもの。
だから、おかしいじゃないか。
でもあまりにもひどくない。
冗談にしてはひどすぎるよ。

「なんでよ、どうして? どうして、そんな酷いことができるの?」
もしかして、俺涙目なの? 視界が歪んでいるような気がする。
弄ぶようなことをして、どんな想いでいると思ってるの。
本気になんてする訳は無いけれども、でも揺さぶられるじゃないか。
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。
ねえ煩いよ、心臓。

「好きだから」
さらりと口にする。
でもありえないんだよ。だって君は佐藤君だろ。
「ねえ、佐藤君。君は酷いね」
まだ平気な顔して、そんなこと言うんだ。
「楽しい? そんなことして。あとで俺は笑われるんだよね。ねえ、それって楽しいの?」
「そっちこそふざけるなよ」
「なんでよ、いたって俺は真面目だよ。ふざけてるのは、からかって俺で遊んでいるのは佐藤君じゃないか」

思わず逃げた。
零れると思ったから。

溢れる、想いが。
佐藤君大好きだよ。
嘘でもいい、冗談でもいい、好きと言ってなんて、想った自分は馬鹿だった。
ますます、忘れられなくなるんだよ。

聞かなかったことにしたい。記憶に、こびりついて離れないから。
声を再生できる。3歩歩いたら忘れさせてくれないかな。
傷つきたいくないって当たり前の感情で、だからどうか消して。
辛いものでしかないから。

喜んじゃうじゃないか。言うわけないってわかっていても。
佐藤君がからかっているだけだと、どこかでそんなんじゃなければいいのにって、期待している自分が浅ましい。
どう? これだけ言えば、自分も不用意には傷つかなくて済むでしょう?
そんな風に計算してあれやこれやと考えている自分が浅ましい。
ああ、怖い。

「店長」
「どうした、相馬」
「今日は早退させてください。ちょっと体調悪くて」
「そうか、大丈夫か?」
みつきでも呼ぶかと携帯に手を伸ばす店長からも逃げるように。

大丈夫、まだ佐藤君は働いている筈だから。
次に入ってきたオーダーをどうにかしようと思うぐらいには真面目で働き者だから。
厨房に置いてきた佐藤君。
また考えてる。
考えないように逃げてきたはずなのに。

あんなの、返事したようなものじゃないか。
嘘吐くのがどんどん下手になっているような気がする。佐藤君の前限定で。

着替え終わって更衣室を出ようとしたときに、カチャリとドアが鳴った。
もしかしてと胸が高鳴った。
高鳴るなんてかわいいものじゃない。口から飛び出してしまうかと思った。

その金色の髪の人。
その横を通り抜けようとしたとき、威嚇するように金色は壁をドンと突いた。
俺を挟むようにして。

心臓は耳の横で鳴っているように存在を主張する。
頭の中を血液が駆け巡るのがよく分かる。無視したい、でも無視できない。
そのことに意識を止めていないと、目の前の状況を本格的に認識しようと働いてしまうから。

なんだよ、何なんだよ。
佐藤君はどれだけ俺を苦しめれば気が済むのさ。
「どいてよ」
自分で思ったよりも、恐ろしく低い声が出た。
「そこをどいてよ佐藤君」
「やだね」
駄々っ子のように言うのは俺の特権。

「佐藤君、どいて」
「いやだ」
なのになんでまだ拒否するのさ。
帰らしてくれよ。君の顔なんて見たくない。余計なことを考えるから。

「忘れるから、あんな性質の悪い冗談は忘れてあげるから、だから帰して」
「いやだ」
「なんでさ。からかったことを水に流してあげるって言ってるんだよ。なんで退いてくれないの」
退いて、退いて。そこをどいて。
これ以上何もしないで。
これ以上、かき回さないでよ。
「なかったことにしようとしたのはお前の方だろ。」

「何を言ってるの?」

ねえ佐藤君知ってる?
キスなんてされたら、挙句の果てに好きだなんて言われたら忘れられないんだよ。
冗談だなんて思いたくないんだよ。
それをわざと口に出して言って、わざわざ忘れようとしているのに。
好きだなんていわれた感覚を忘れようとしているのに、邪魔しないでよ。
俺の都合だよ、だけど佐藤君邪魔しないでよ。

「俺はお前が好きだ。」
「言わないでよ。なんでそう繰り返して言うの」
「好きだから、好きという言葉に返事が欲しいからに決まってるだろ」
「本当に、たちの悪い冗談はもうおしまいにしてくれる?」
じゃないと、おれが、こわれるから

「冗談なんかじゃない。相馬、否定するな。お前が俺を好きなように、俺もお前を好きだ」
「好き? 佐藤君が、俺を?」
「ああ」
「一時の気の迷いだよ、佐藤君。忘れな」

俺の忠告を無視して、佐藤君は言う。
「好きだから、好きだと言って何が悪い」
佐藤君、それは。
どんな罰ゲームなの? なんて言葉は口にできなかった。
反論する自分の中の声を、別の自分が潰す。
聞きたい、その心地いい愛しい人からの言葉を、この耳で聞きたい。

「相馬、好きだ。好きだから、もう」
そんなに卑屈にならなくていい。
お前は俺に愛されてる。
最後の恋は幸せな恋だ。

抱きしめられた。
佐藤君は苦しいほどに俺を抱きしめた。
「佐藤君が、ヘタレじゃ、ないみたい……」
やっと絞り出すと、佐藤君は何も言い返さなかった。
ここからは見える。その金色から覗いた紅く染まった首筋と耳。

――好きだよ

離さない。
これはもう俺のものだ。
一世一代、最大にして最後の恋は、どうやら良い方に転がるみたいだ。

四話キスしたいよ←・→六話言い訳してよ
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あとがき
次でラスト。 相馬さんが自虐的で自分に色々嘘ついているから、書いていて自分でどっちが本心だかわからないことも多々あった。
まあ、これが一番のクライマックスと言うか。
お付き合いいただきありがとうございました。
次は佐藤さんの行動解決編です。
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