キスしたいよ


今日は少しだけ上機嫌だった。

だから、佐藤君を見ても挙動不審になることもなかったし、あくまで普通に接することができた。
この間はびっくりしたよ〜。急に抱きしめられてさー。
そう言ったのは二日前。
いつも通りに復活するのに、むしろ時間がかかったと思う。

でも、もう大丈夫だよ佐藤君。今まで通りの同僚に今日から戻れるよ。

どんなことでも佐藤君と話したい。
意識しすぎてなんてバカみたいだけど本当の話。
話すとボロが出そうになるのに矛盾してる。
だから、この二日間は俺の精神衛生上もよろしくなかった。
問題が一挙に二つ解決!
佐藤君にメリットがあるのか悩みどころだけど、でも一件落着。

また、不毛な片想いを続ける。

そう思った矢先の出来事。
嫌になっちゃうなぁ。一応これでも佐藤君の事が好きだからね、恋愛的な意味で。
傷つかない訳が無い。

轟さんに佐藤君がキスしてた。

休憩室なんかにサボりに行くんじゃなかったなぁ。何で忘れていたんだろう。
この時間は、佐藤君と轟さんの休みの時間が被っている。前の佐藤君の誕生日で学習した筈なのに。
最近距離の縮まってる二人に近づいたら、自分が傷つくことなんて分かってた筈なのに。
あ、もしかして自分は分かっていて行ったのかな。
あー賢い。

椅子に座っている轟さんに近づいて、そっと重なった顔と顔。
嫌だなぁ。分かってた筈じゃないか。

だって、佐藤君は本当に良い人で、かっこよくて。そんな人の片想いが、実らない訳が無いんだよ。
本当に、本当に、良い人で。
そんな人に4年間も想われ続けて、好きにならない訳が無いんだよ。

佐藤君は轟さんに恋をしていて。轟さんは佐藤君に恋をして。
良かったね、本当に。二人はこれで晴れて両想いで、幸せにお付き合いするんだよ。
もしかしたら俺が気が付かなかっただけで、もう二人はそう言う関係なのかもしれない。
だって、キスするぐらいだから。

それにしても、二人ともよくと言ってやりたいほど鈍感だ。
「ばーか」
こうやって、覗き見られたことにも気が付かないで。
……佐藤君を俺が想っている事なんか知らなくて。
幸せになりやがって。

本当に潮時。
もう、望みとかそんなものとか、完膚無きまでに叩きのめされて。

あれ、本当は知られたかったの? 俺。
諦めるとか言っておきながら、本当は知って欲しかったわけ?
好きだって、言いたかったわけ?馬鹿だなぁ。
こうなったら、もう言えないのに。

冗談でも言っておくべきだったかなあ。久々に後悔なんて感情が出てきているのだけど。
馬鹿だなあ。
まだ諦めたく無いとか思っているんだったら、ちゃんと自覚しておくんだった。キスでも、してしまえばよかった。

なんてね。
できる筈ないよ。

好きだから。だから、幸せになってほしい当たり前でしょ。
佐藤君は轟さんが好きで。だから、轟さんと幸せになるんだよ。
それでいいじゃない。ねえ、自分。

ごめんなさい。やっぱり嘘がつけない。
俺は佐藤君が好きだ。だからまた逃げた。

今なら何でも言ってしまえるかもしれない。
だから、しばらくは佐藤君と顔を合わせないようにしなくては。
厨房に行って。オーダーを整理して。そしたら帰ろうか。仮病使って。店長はああ見えて割と甘いし。

「種島さーん、オムライスできたよー」
「はーい」
「あ、先輩、代わりにやりますよ」
「ごめんねー」

「なんだ、お前やってたのか」
「あれ、佐藤君」
来るの早くない。
もう少しで終わる所だったんだけど。

「もうちょっと轟さんといちゃいちゃしてても良かったのに」
「は?」
何でそんなとぼけたような顔してるの。
いつも通りの胡散臭い笑顔を張り付けて、俺は言った。
「だってさっき轟さんにキスしてたでしょ?」
「…キス?」
そんなにとぼけたいの。
「休憩室で、座った轟さんに!」
あ、うっかり叫んじゃった。

「キスなんて、してなーよ」
「いや、見たから」
何で今更そんな風に言うの。
「してーとも思わねー」
何を否定しているんだよ。

「キスしたでしょ。嘘つかないでよ。こうやって顔を近づけて」
わざと近づいて背伸びして、もう少しだけ背伸びしたら触れそうなぐらいに。
吐息が唇にかかって、これがさっき轟さんに触れたのでなければロマンティックかもね。
鼓動が響いてまわりに聞こえてもおかしくない。
でも、怒りとか緊張とか、そんなもので。甘い感情何て入りようがないはずなんだよ。

やっぱ寄りすぎた。
ダメだ、考えるな。

「違うって、言えるの――ッ!?」
佐藤君と唇が触れた。

何が起きたの、何でこんなことになったの。
思い切り後ずさって佐藤君と距離を取った。

「ワリぃ、つい」
「なにが“つい”だよ!」
何で何でなんでなんで何でなんでなんで何で。

なにキスなんかしてんの。
なんで俺にキスなんかしてるの。
それは轟さんに向かうべきものじゃないか。

「なんでこんなことするんだよ!」
佐藤君は黙ったままに聞いている。
なんでだよ、なんか言ってよ。なんか言い訳してよ。
「何で頼ってきたりするの。折角諦められると思ったのに! 諦めようとしてきた努力がすべて無じゃないか」

キスしたいとは言ったよ。
想ったけど、でもさ。

――でも、やめてよ、こんなこと。

「ねえ、佐藤君。轟さんが好きなら俺ともう一切関わらないでくれる!? ぐちゃぐちゃだよ、君のせいで!」
「相馬。」
制するように静かに佐藤君はそう言った。

そして、再びのキス。
「なッ!」
「なあ、相馬。俺、お前が好きなんだけど」
な、に、言ってるの……?

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あとがき
急転直下の展開。
次に続きます。
この間まではたらたらとやっていたのに、怒涛の進展です。
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