幸せになれますように


七夕をやりたいと言い出したのはナルトだ。
ついこの間来た異国の者たちが、
文化交流と言って近所の竹林から巨大なのを一本きり、
そこに火影と共に短冊をつるした。
異国の者たちが去ったあと、
子供たちが喜ぶだろうとアカデミーに飾られることとなり、
それについてナルトに質問され、織姫と彦星の七夕に纏わる話をした。
それが、一週間と三日前のこと。

一週間前。
アカデミーにあるのよりは短いが、それでも立派な竹を持って、
いや、引きずってナルトが訪ねてきた。
きっと火影にねだりでもしたのだろう。
流石に驚いたが。
そして、七夕をやると言い出した。

そして昨日。
またわざわざ家に訪ねてきて、一週間前にしたのと同じように指切りげんまんをした。
本当に七夕を楽しみにしているようで、いかないという選択肢は最初から無かった。

なにを短冊に書くかは今日になってもまだ決められないでいる。

ナルトが去り、隠した靴を下駄箱から出した。
「へえ、アンタも明日来るの」
先ほどのナルトとの話は、部屋の奥にいたこの人にしっかり聞かれていた。
「ナルトに、誘われましたから、行きますよ」
やっぱり“も”と言ったと言うことは、この人もくるのか。
それはそうだ。
現ナルト担当はこの人なのだから、ナルトが呼ばない訳が無い。
最初はどうなることかと思ったが、今ではすっかり懐いている。

「で、何て書くわけ?」
「は?」
「短冊。は? じゃないーよ」
目がこちらを思っていたよりも真剣に見ていたから、視線を外した。
大体、なんでアンタが気にするんですか。
言いはしないが、口をついて言葉が出そうになる。
「……まだ、決まってませんよ」
飲み込んでそう答えると、急に興味が無くなったように
「そうですか」とだけ言ってこちらから目を外した。

「まあ世界平和とか、子供たちの無事とか、
 アンタらしく当たり障りのない事でも願っておけばいいんじゃないですか」
なんて、めんどくさそうに言った。
どうせ、願いなんてないでしょ、と言われた気がした。
実際言われたのだろう。不愉快だ。
願いぐらいある。

多分恐らく叶えられる訳が無いような願いだから、
思うだけ無駄だといつもは考えないようにしているだけで。
「ねー、イルカ先生、待ちくたびれた。早くシャワー入ってきてよ」
舌打ちでもしたい気分だ。
いつもそれだけだから、期待するだけ無駄だと分かっているだけで。
願いも望みもある。

顔をしかめたのが見えたのだろうカカシは、
「なに、今日は機嫌が悪いの? やめる?」
何て言ってくる。
誰のせいだと思っているのか。

何が一番腹立たしいかと言えば、
そんな風に言われても、もうやめるとは言えなくなっていることだ。
俺に求めてくることがこれしかないから、
俺もこのはたけカカシという男を繋ぎ止めるためにこれを使っている。
それが、ひどく腹立たしい。

風呂から上がったら、なぜか脱衣所にいた。
「なんで、ここに居るんですか」
「いや、服を着る必要はないって言いに来たんだけどね。
 いつもいつも、かっちりと服着るでしょ、アンタ。
 でも、濡れてる姿ってそそるね。来てみてよかった」
そんなことを言って憎らしく口の端を上げた。
「このままベッドまで来てよ」
「体ぐらい拭かせてくださいよ」
「なんで? この姿がいいって言ってるのに。それともここでヤる?」
「……ベッドでいいです」

廊下に足跡をつけながら、手を引かれて歩く。
他人には服を着るなと言っておきながら、
先にシャワーに入っていた筈のこの人はいつも通りの服装を解いていない。
この関係はお互いに一方的でしかなくて、
どう足掻いてもきっとつりあうことなどないのだろう。

ベッドに押し倒されると早急に愛撫が始まる。
まだ水滴をふき取ってない濡れそぼった髪に、口が寄せられる。
耳と一緒に軽く食まれ、髪が顔をくすぐった。
その髪が、微妙に湿気を帯びていて、
やっぱりこの人もさっきまではシャワーを浴びていたのだと初めて実感できた。
でも、体に触れるのは、ごわごわとした服の質感だ。
自分だけ裸なのが、もういい加減この行為に馴れているとはいえ、
羞恥を煽るということを分かってやっているのだろう。

体が熱を帯びてきて、
シーツに吸い取られなかった水滴は蒸発して消えてしまった。
自分がどれだけ蕩けた顔をしているのかは、鏡が無くても分かる。
人を追い詰めるのが上手い。
もう中は疼いてきているというのに、
カカシは涼しい顔をしてまだベストしか脱いでいない。
今日は特に焦らしてきていて、まだ中心には手が伸びてきていない。
それなのに移動するとき時々触れてくる手によって、既に完全に立ち上がっている。

手を伸ばして髪に触れる。
「なに……?」
「いえ……なんでも」
快感に焦れていることを知っているのに、わざとらしく問うてくる。
いつもこうして黙るしかない。
しかしその抵抗も虚しくいつもこちらが我慢の限界にきて、
結局ねだることになるのだ。

「いつも思うけど、強情だよね。イルカ先生は」
浅く出たり入ったりしながら決して奥には進まず、
中にローションを擦り込みながら言ってきた。
「なんですか……」
「んー? いや、思っただけだーよ」
人を食ったように笑いながら、実際食らっているようなものだ。
体に害は無くても、心ががぶりがぶりと食らわれていくのだ。

写輪眼を隠すためにずらされている額宛てを、取る。
「何するの」
少し冷たい声が降ってくる。視線が痛い。
「意味が、必要ですか」
この行為にアンタは何の意味も持っていないくせに。
それには何も答えず、いきなり貫いてきた。
「んぁっ……!!」
突然のことでえずく。
それを気にも留めずに、間髪を入れずに動き出した。
指であまり慣らされていないからか、
抜き差しされるたびに内臓が引きずり出されるような心地がする。
しかしそれすらも体は快感として拾う。

一度の射精を越えても、ガンガンと腰をぶつけられる。
強い快楽の波にさらわれながらも、
頭がこのままだと明日は立てないと冷静に考えていた。
二度目が迫ってきて、先から白濁が押し出されるように零れる。
「やだ、っいや、あっ、やっ」
首を振っても全く止まらない。
目の前が白くなってきて、一回目と違って理性がはぎ取られていきそうになる。
「あ、やだっ、激しっ、んぁっ」
果てそうになるのを指を突っ張ってこらえる。
しかし、何故か分からないがそこでいきなり動きが止まった。
「……カカシさん?」
二つの目が静かに見下ろしてくる。
いつもは額宛てで見えない写輪眼がこちらをちろりと睨む。
心の奥まで見透かされているような気がして、少し身がすくんだ。
「イルカ先生」
こちらを見下ろしてきた目は明らかにスイッチが入っていた。

そこからはぐずぐずにされてしまって、結局それから何回あったのか分からない。
やっとカカシが自身を引き抜いた時にはもう疲れ果て、指を動かすことすら気だるかった。
温い液がだらだらとあふれ出て、シーツを更にぐしゃぐしゃにする。
「体、大丈夫?」
「だと、思いますか……?」
カカシはもう既にシャワーを浴びて、水をのんびり飲んでいた。
何でこの人はそんなに元気なのか。
「水飲む?」
コップを差し出されたが手を伸ばせそうに無い。
その様子を見て、水を口に含んでカカシが近づいてくる。
抵抗できぬままに口移しで水を飲まされた。

甘く、焦れて、痺れる。
初めは無理やり体の関係を持たされた。
押し倒されて、最悪だと思ったのに。
痺れる。泣きたいぐらいに。

いつか、この恋が実ればいいのに。
短冊に書きたいのはそんな願いだった。

――◆――◆――

七夕の日の朝、あちこちが軋む体を押して起きる。
ナルトと約束をしてしまったから。
しかし、生憎のことで窓の外は雨だった。

今日一日の天気予報は、お昼には晴れ間も見えるが、夜は再び雨になるというもの。
きっと落ち込んでいるだろうなと思いながら、
仕事終わりは約束通りにアカデミーの裏に行った。

そこには既に、ナルトの他にサクラとサスケ、そしてカカシもいた。
「イルカ先生! 遅いってばよ!」
ナルトは竹を抱えながらぶんぶんと手を振ってきた。
四人がいたのは建物の軒下だった。

「ここでやろうと思っていたのに、雨だからできない……。どうするの、ナルト?」
サクラに問われてナルトは頭を抱えてしまった。
「どこか屋根がある所があればいーんだけどね。誰かの家とか、ね、イルカ先生?」
そうカカシが言うと、彼を含めて四対の目がこちらを期待のまなざしで見てきた。
「分かったよ。今日の七夕はうちでやろう」
「やったぁ!」
ナルトとサクラが声をそろえて喜び、サスケも少し嬉しそうにした。
別に子供たちが喜んでくれるならそれはそれでいいが、
カカシの細めた目の奥が笑っていないことが気になった。

雨で残念だったろうなと家まで行く道案内はカカシにしてもらって、
自分は何かみんなが食べる物とお店に寄った。
家に着けば既にカカシ達は中に入っていて、帰りを待っていた。
カカシはこの家の合鍵を持っている。
自分が渡したわけでは無く、いつの間にか勝手に作られていた。
まさかこんなところで役に立つとは思っていなかったが。

六時を回った時には雨は一時降りやんだが、
もう夜になってしまったのかと思うほど雲が厚く外は暗い。
とにかく短冊を書こうと言って、短冊が手元に配られた。
ああだこうだと言いながら、みんな思い思いのことを書いていく。
書きたいことはあるが、ペンを持ってもそれから先に進めなかった。

カカシを見れば、するするとペンを走らせている。
そうだ、何も考えずに書けばいいのだ。
深い意味は無いと自分に言い訳をしながら短冊に言葉を紡ぐ。

一番最初に書き終わって短冊を括り付けたのはカカシだった。
一番高いところにつけてとサクラがカカシに言って、
それからは一度つけたナルトがわざわざ外して高いところにつけるようにカカシに頼んだ。
別にどこに付けても変わらないとサスケは言っていたが、
それでも精一杯に背伸びしている様が可愛くて、つい手を貸した。
最後に残されたのは自分のだけで、
一番を競っていたサクラとナルトの競争を邪魔するつもりは無いが、
少なくともカカシの目の高さにないところにと二人のすぐ下のところに付けた。

「イルカ先生は何をそんなに叶えたいのか?」
興味津々にジャンプして手元を覗き込んで来ようとする。
「ナルト! 人の願いごとは聞いちゃいけないのよ!」
サクラのその声に救われた。

食べ物もあらかた片付いて、七時になろうかといところで、
あまり遅くなってはいけないとお開きにした。
外に見送りに行けば、再び雨が降り出していて、
これでは織姫と彦星の逢瀬は今年はできないのだろう。

傘をさした三人の後ろ姿が見えなくなるところまで手を振り続けて、
家に戻ろうと後ろを向いたらカカシとばちりと目が合った。
何かを言いたそうな目をしているような気がして身構えたが、
カカシはすいと目を逸らした。
「片づけなくちゃいけませんね」
そう言って、カカシは玄関に入って行った。

ナルト達の食べた後のゴミや飲み残しを片付けていると、
がさがさと大きな音を立てながらカカシは竹を手に取っていた。
部屋の天井にぶつかって曲がっていた部分があるなあ、とか考えていたら、
カカシが自分の書いた短冊を手に取っていた。
「なに、してるんですか」
すっかり、忘れていた。
別に、変なことを書いたつもりは無いが、
それでもカカシに見られないようにと思って高くに付けたのに。

短冊をじっくりと眺めまわして、
それを取り上げようと近づいて手を伸ばした俺の手首を掴んだ。
「これは、なに?」
カカシの目がこちらを射抜く。
「“幸せになれますように”って、イルカ先生、これ、どういう意味」
「どういう意味も何も……」
別に深い意味は無いんだと、
短冊を書いた時に言おうと考えていたことをそのまま口に載せようとした。
しかし、カカシの目がそれを許さない。
「一つ、聞いていいですか。アンタにとって“幸せ”って、なに?」
それを、聞いてしまうのか。
これで暴かれてしまう。
そうしたらきっと、これからカカシとの関係は全部無くなるのだろう。
今日のようなことも無ければ、昨日のようなことも、もう二度とない。
必死に縋りついてきたものがすべて失われるのだろう。

嘘を吐きたいと思った。
こちらを見ているのは写輪眼で無い方の目の筈なのに、
カカシの目は嘘を吐くことを許さない。
まるで蛇ににらまれた蛙のように、抵抗することができない。
「……俺にとっての“幸せ”は、好きな人と一緒に楽しくいられる事です」
「好きな人って、誰?」
掴まれていない方の手の人差し指を立てる。
カカシの目線がそちらに向かう。そのままその手でカカシの胸を突いた。
「アンタだよ。悪いか」
これでもう、この手がこうして掴まれることは無いのだろうと泣きそうになりながら。
そう言った。

カカシは俯いたまま顔を上げない。
掴まれた手もそのままで、放そうとしない。
「放してくださいカカシさん。これで俺は用済みでしょ?」
そう言うと、カカシの口元に掴まれた手が持って行かれる。
カカシの吐息が手にかかって、熱い。
「放して、カカシさん」
拒絶する言葉の響きに、カカシの肩が跳ねた。
いつもはそんな動揺など見せないのに。
こちらには構わず彼の意思を押し通すのに、なぜそんなに反応するのか。
「イルカ先生、聞いてください」
僅かにカカシが震えているような気がする。
何で、そんな反応をするんだ。泣きたくて、震えたいのはこっちだと言うのに。

「俺はあなたのことが好きなんです」

何を言われたのか意味が解らなかった。
目の前にいる人から言われている言葉なのに、全く飲み込めない。
カカシが、自分を、好きと言っている?
本当に? うそだ。なんで彼がそんなことをこの俺に言うことがあるのか。

「イルカ先生、あなたが好きだ」
ぽたりと何かが手に触れた。
声が、体が、震えているのは、カカシが本当に泣いていたからだった。
「なんで、ですか、どうして」
「どうして、なんて分かりません。
 俺は、人を好きになったことが無かったんです。
 ちょっと気になった人には簡単に手を出して、
 それでも顔が良いから、地位があるから何をしても許されてきたんです。
 相手から声をかけられて簡単に付き合って、
 適当に相手してそのまま別れたりして、誰にも執着してこなかったんです。
 でも、あなただけは違った。
 あなたが好きだったと言うことに気が付いたときには、もうどうしようもなかった。
 嫌われるようなことをたくさんして、嫌なことをたくさんして、
 もう二度と顔も見たくないなんて思われても仕方ないようなことをたくさんして、
 だから、そのままでいいと思っていた。
 ずっとこのままあなたを閉じ込めておけるなら、
 別にそれでいいかなって思っていたんです。
 でも、あなたが幸せになりたいなんて言うから。
 そうしたら、あなたは誰かと幸せになるってことでしょ。
 今ね、だったらいっそ、俺が殺そうかと思った。あんたのこと。
 そうしたら、俺だなんていうから。好きな人が、俺だなんていうから。
 謝ったところで許してもらえないことをしてきた。
 でも、俺は、あなたに許してもらいたいなんて、浅はかな願いを持っているんです。
 ごめんなさい。あなたが好きなんです。どうしたら、あなたに許してもらえますか」
ずっと、手は震えている。
どうしたら許す、なんて決まっている。
「カカシさん」
< 見上げた瞳は涙に濡れていた。
「彦星と織姫の代わりに、あなたが俺の願いを叶えてくれればそれでいいです。
 幸せにしてくれるんでしょう?」
「はい、もちろんです」
笑ったはずが、目からは涙が零れていった。

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あとがき
今年の七夕は織姫と彦星は会えなかったようですね。
去年はどうやら晴れたらしいのですが。
あとはエロが書けない。
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