快楽に身をよじりながら、何かをこらえるように眉間にしわを寄せている。
指でそのしわを平らにしようとしたら、
「何してるんですか」
と更にしわが深くなる。
「いつもここにしわが寄ってる」
眉間に一つキスを落とすと、困惑気味にまたしわが深く寄った。
何かをこらえているようでもあって、
いつかはここのしわをのばせたらいいなと思ったりする。
「貴方の、せいでしょ」
そう言った後に身じろいで、自分でいい場所にあててしまったのか、
「っあ」
声が漏れてしまって、不覚とさらにしわを深くした。
初めて抱いた時のことは、本当に記憶が飛び飛びで、
ただ、よがって縋りついてきたことだけは鮮明に思い起こせる。
それからまた、僕の手によって開発されて、
いまではどこが感じるのかなんて手に取るように分かる。
ギリギリまで引き抜いて、そして先ほど当たったイイトコロめがけて突く。
「ん、くぁっ」
背をのけぞらせて、快感に身を躍らせる。
「白澤さん、頭巾」
頭巾を外せと催促される。
なだれ込むように始まった時にも、必ず言われるのだ。
だからと言って何をするでもなく、ただただ数多の後ろに手を回して、
髪の毛を撫ぜたり、指を絡めたりする。
手を頭の後ろに回しているから必然的に顔の距離が近くなって、
最初はキスをねだられているものだと思った。
そうしてキスをしたら、噛みつかんばかりの怒りを含んだ顔で睨まれた。
どうやら目的は違うらしいが、いまだにそれが何なのか分からない。
何が欲しくて髪を触っているのか分からない。
人の髪を触ると安らぐと言う人が居るが、
安らぎなんてものが、そもそもこの行為に当てはまる訳が無いのだ。
自分から触れておきながら、困惑しているかのような表情をして、
眉間のしわをさらに深くする。
だからそこに手を伸ばして、しわを伸ばすのだ。
何度手を払われても、止めようと思えない。
そしてまた不毛なことを繰り返す。
そもそも、こうやって体をつなげること自体が、
何の生産性もなく不毛であるのはどうしようもない。
髪を触りたがるのに、ベッドに行く前での接触を嫌がる。
周りに人が居ないということを必ず確認して仕掛けてみるのだが、
そのどれもがやめろと拒否される。
それなのに実力行使に出る事はごく稀で、
常は不機嫌そうにしながらも受け入れられるのだ。
少し面白くて、最近はだんだんエスカレートして行っているとは思う。
前戯のように首筋を甘噛みしてみたりとか、耳朶を軽く口に含んでみたりだとか、そんなところから。
机の上に適当に置かれた手に手を重ねてみたり、首に絡みついたり、後ろから抱きしめたりなんて、
別に意味のない、まるで恋人のようなスキンシップを仕掛ける。
苦々しげに、なのに離れない。
嫌がっているのに、それが僕をつけ上がらせるのだと分かっていないのか。
更に、キスを嫌がる。
拒絶はしないが、表情は苦々しくゆがめられる。
それでも時々は、着物を脱がせる前に、舌を入れて、唾液をあえて送り込んで、
酸欠になるように、息をすることを塞ぐようにキスをする。
そうすると、目が溶けるのが分かるのだ。
なのに、それでもと言うべきか、力なく睨んでくる。
だから、キスマークももちろん嫌がる。
鎖骨に唇を当てると、それだけで身をよじって逃げようとする。
「駄目」
唇を押し当てたままで、響かせるように言う。
睨んでいた眼が外されて、抵抗の力が弱くなった所を手をベッドに縫い付けた。
「なんでっ…!」
じたばたともがこうとしているから、鎖骨を舐めた。
「ひっ……」
声をあげてしまいそうになって、それを手で押さえようとして、
できなくて、わずかに声が漏れて。
羞恥とか、色々なもので今は涙目なんだろうなと思うと、ゾクリと快感に似た思いが駆ける。
その顔を見られないのは残念だ。
歯を立てるように、鎖骨を甘噛みする。
「この、獣っ!」
嫌がるだけで、全く殊勝な態度に出ないことに対して、
更にその上からキスマークも付ける。
心底嫌そうな顔になっているのを見て、
「大丈夫、着物着たら隠れるから」
と保証してやると、
「そういうことじゃない」
と即座に否定の言葉がくる。
あとは、冗談でも嘘でも、愛していると言われることを嫌がる。
一度言ってみた時は、
「そう言うのは本心からじゃないと言ってはいけない」
と将に鬼のような形相でそう言われた。
そんな情事につきもののあれやこれやを厭うのに、
それなのに、肌を重ねることを嫌がらない。
一度も拒否されたことが無いのだ。
だから、初めのころは遠慮もあったのがすっかりどっかに行ってしまって、
来るたびに抱いている。
始めの時は、夢だと思ったのだ。
酔いつぶれて拾われたことは記憶にない。
いつの間にか自室にいて、ベッドに鬼灯を組み敷いていた。
やめてくれと言われたがいまいち力が無くて、
こんな状況だからか、涙がにじんだ目とかがやたらと艶っぽく見えて。
酒も手伝ってあらぬ欲望が湧きあがってきた。
起きた時は隣でうずくまっていた。
こちらを向いていなかったから、泣いているのかと思った。
「なんですか」
不機嫌な声が聞こえて、泣いていないことはかろうじで分かった。
そして、一瞬で頭が真っ白になった。
そんな中、ただ一点だけ思い起こされるのは昨日の快楽。
「よがって、縋ってくるなんてさ」
アレが本当にこの目の前にいるコイツの姿だったとは思えない。
逃げようとするその手を?まえた。
何で逃げるんだって。昨日は僕の良いようにされたくせに。
「もう一回とかどう思う?」
以来、僕と奴の関係はわかりやすく保たれている。
以前に比べて距離が近くなったかと言われると、そうではない。
全く、変わらないとは言えない。
それは嘘になる。
僕が呼んで、そうすると僕の元に来る。
初めての時から不思議だったが、僕が求めて手を伸ばすと、それを拒まないのだ。
都合よく利用しているのは知っている。
僕にはもう既に必要になっていて、手放したくなかった。
だから、彼が何を想っている、なんて考えないようにしていた。
彼の方から求められたことは、今まで一度だって無い。
――◆――◆――
ある日、またやってきた。すごくやつれた顔をして。
いや、日に日に痩せて行っているような気がするのだ。
あの日から、存在が薄くなっているような気がする。
儚い。
今にも折れそうなぐらいにその時は思った。
髪のように白い肌。
普段疲れていても滑らかな肌は、艶を失っていた。
紅をさしたような赤すぎる唇も、今日は青ざめているぐらいだった。
「顔色悪いね」
「そうですか? いつものことじゃないですか。貴方と違って忙しいんで」
「ちょっと、休んでいきなよ。帰ったらどうせ、仕事づめでしょ」
「貴方は、そういう……」
非難めいた口調で何かを言いかけて、それを止めた。
諦めたようなため息交じりで、
「心配には及びませんよ。すぐに帰ります」
「寝て行きなよ」
「いいです」
そこまで意固地になって拒否されると、
むしろ言うことをきかせない訳にはいかなくなった。
帯を掴んで俵のように肩に担ぐ。
「ちょ、なにするんですかっ!」
非難の声をあげながら、落ちてしまわないようにか上で暴れることは無かった。
「大人しく寝なくちゃ」
ベッドに放り投げると、
「ぐぅ」
と呻いた。
すぐに起き上がろうとするので、押さえつける。
「なんですか」
「だから、起きてちゃ駄目だって。寝るまでここに居るよ」
布団をかけて、子供をあやすようにポンポンと何回か叩く。
一定のリズムを刻んで、子守をするように。
「ね?」
と笑いかけると、心底嫌そうな声で、
「やめてください、分かりましたから」
と言われた。
閉じた目元に光が見えた気がした。
疲れからか直ぐに寝てしまった。
本当はベッドに入った時点で、
こうやって見ると、つくづく顔立ちは整っていて、すごく異性にモテそうだった。
本人も女に困ったことは無いと言っていたが、まさにそうだったのだろう。
僕の酔狂に巻き込まれて、何の因果か僕に抱かれるようになってはいるが。
艶の濃い黒髪は、僕よりも少し長めだ。
滑らかで、鴉の羽よりも暗い黒をしている。
寝ているからあまりにも無防備で、つい触ってしまった。
指から零れ落ちていく。
そこらにいる女の子たちよりも髪の毛が綺麗と言うのはどういうことだろうか。
しかし、寝ている時でも眉間にしわが寄っている。
それを伸ばそうと手で触れる。
人差し指と中指で押し広げると、
「ぅん……」
と声が漏れた。
艶めかしい声。
普段では聞けない、声。
小さな声はいつも押し殺されてしまう。
声をあげるのは、もっとぐちゃぐちゃになったもので、
あの快感に飲み込まれて前後不覚になっているあれもあれでいい。
でも、これはまた違ったものがあるなと思った。
指も、整っていて綺麗だ。
白魚のようと女の子に対してはよく言うが、そんなものでは決して無い。
あくまで、男らしく武骨な指ではあるが。
それに関してはどちらかと言うと自分の方が女のようだ。
手の平同士を重ねてみると、ほぼぴったりサイズが同じだった。
自分のそれよりも小さな手を包み込むのが常だが、最近はそんな事無い。
指の一本一本を絡ませる。
キュッと握っても、反応は返ってこなかった。
寝ているのだから当たり前か。
手をがっちりと握ってベッドに押し付けると、
反発したいのか手を握り返してくるのがいつもで。
それも、また、拘束しているのはこっちなのに、放さないと言われているみたいで。
不思議なことの一つだ。
短い髪の毛を編み込んでみたり。
サラサラと逃げていくので、完成した筈の編み込みは、触れただけで他に紛れてしまった。
身じろぎが一つ。
寝返りするでもなく、数センチ横に動いただけだった。
帯が緩んでいるのか、いつも以上に鎖骨が露出していた。
上書きするように、消えかけの跡を再び紅く染める。
満足して、唇を離すと、肩を思い切り突っ張られて、体の上から押しのけられる。
「一体、貴方はさっきから、何を、しているんですか」
薄く目を開いて、けだるそうに、睨んでくる。
「寝ろと言ったくせに、全く寝かせる気なんてないですよね」
「気にしないで寝ていいってば」
「気になるんですよ。寝られないぐらいには」
はあとため息を一つ溢して、体を起こした。
壁に背中をつけて、前髪をぐしゃりと押し上げた。
「貴方は何なんですか、本当に」
「なんだと思う?」
「淫獣、脳内常にドピンク、偶蹄目、性欲の塊」
「容赦ないね……」
大体指摘しているものの中に一つ、別に悪口でないものも含まれている。
「むしろ、私は貴方にとって何なのですか?」
言葉を詰まらせたのは、質問の答えが見つけられなかったからだけでは無い。
適当に、言ってしまえることはいくらでもある。
ひたすらに鬼で、でもいいライバルで、
共に薬学についての知識を深めたりとか、友達だとも言えて、
更に仕事の取引相手としてもかかわりは深く、今は、セフレと言うのも加わるか。
それだけあったのに、何一つ答えられなかった。
答えないままに、顔に手を伸ばした。
いつもの様に払われるかと思ったら、その手をつかまれた。
ただ黙ったままで、はらはらと涙がこぼれていく。
それは、ひどくよく、恋に似ていた。
あの時以来の、再びの涙だった。
いつから泣いていたのか分からない。
もしかしたら、以前から泣いていたのかもしれない。
でも、ちゃんと確認したのは、僕の前で涙を見せたのは、あの朝以来。
それがなんでだか、なぜ泣いたのか、その答えを僕は恐らく分かっている。
それを確かめるのが怖くて、知ってしまうのを怖がって、
だから今まで何も聞かなかったのだと言うことにも気が付いてしまって。
掌に落とされた一滴が重くて、僕はその場から動けないでいた。
出て行く時に彼はいった。
「もう、ここには来ません」
そうかい、
確かに口を動かしたはずなのに、僕の耳には届かなかった。
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- あとがき
-
鬼灯さんがどんどん私の中で女々しくなっていくのですがどうすれば。
まだちょっとだけ続きます。