好きでいることぐらい許されてもいいと勝手に思いたかった。
一度嫌いと言ってしまったら、認めるまでに時間がかかった。
更に、相手は地獄まで名の響く有名すぎるプレイボーイで、女の子をとっかえひっかえして、
そんな自分が何で相手の事を好きになったのかが訳が分からない。
どうしようもなく苛々して、仕事にまで支障が出てきて、あのバカ上司にまで心配されてしまった。
だから仕方なく認めたのだ。
ハイそうです、好きです。
だからどうした。
そうやって認めたらむしろ生きづらくなった。
寝ても覚めても、考えて。
白澤という名前が聞こえただけでどうにかなってしまいそうになる。
アレの顔を見る事も、
アレの言葉を聞くことも、
アレが女の子と近づいていることも、
アレが存在すると言うことを聞くだけで。
泣きたくなる。
アレを自分が傷つけることも、
アレが他の何かでも傷つけられているのさえ我慢ならなかった。
だから、好きでいてもいいから、傷つけることをやめると誓った。
会うとどうしようもない苛々をぶつけて傷つけるから、会わないようにした。
任せるのは幾分か不安が残ったが、薬の受け取りなどは暇なときは唐瓜さんに駄賃をあげ、
そうでないときはシロさんたちに頼むと快く引き受けてくれた。
会わなければ傷つけない。
だからそれでよかったのだ。
時々街で見かけては、女の子と歩いている。
その細い腰に手が回っていることを見ては、吐き気に近い嫉妬が煽られてどうしようもなくなった。
持て余した気持ちに翻弄されて、自分で自分を追い詰めて、
どこの中二病をこじらせた病んじゃった系の女子中学生だと笑い飛ばしてしまえばいいところを、
さらに深くまで思い悩んで、一体自分は何をしているのか。
その酔っ払いに会ったのは、仕事で疲れていたところからの帰り道。
偶然にも出会ってしまった。
いつも通りの神獣らしからぬ醜態をさらして。
ソレは道端に寝転んでいた。
頬は上気して、むにゃむにゃと何事かを呟いている。
酔っ払いのうわごとなど良くは聞き取れないが、大方女の子を抱いている夢でも見ているのだろう。
と思うと疲れの取れない胃が更に締め付けられるようだった。
無視して行こうと思ったのにうまく行かない。
アレはさすがに顔が広く、こんなに人通りの多いところで寝転んでいれば、
さすがに介抱してくれる女の子の一人や二人はいる。
そしてどうせ寝所にもつれ込んで、酔いに任せていいようにするのだろう。
道で寝転んでいるモノの存在など忘れて部屋に戻ろうとしていたのに、
結局無視などできていない。
「また一つ仕事が増えた」と呟きとして口に出して持ち上げても、
先ほど感じたイライラなどが抜けていく。
それに対してもまた、ため息ばかりが零れる。
いつからこんな特異な思考に憑りつかれるようになったのか定かではないが、
嫉妬などに心を奪われないで済んでいる今は、間違いなく安らぎの時間だ。
極楽満月に着いてもまだ起きない神獣を横抱きにしているのはちょっとした出来心だ。
そうすると顔がよく見えて、失敗だったなと後悔した。
涎が口の端から伝って袖を汚したが、そんなことなどどうでもよかった。
体から伝わってくる温さをどうすればいいのか分からないでいた。
中に入ると顔色の悪い桃太郎さんが一人でいた。
「この人、どこで捕まえました……?」
「大丈夫ですか?」
「あ、いや、ちょっと飲みすぎまして……」
「こいつに飲まされたんですか」
桃太郎さんの前でお姫様扱いしている事に気が付いて、近くにあった椅子に適当に放り出す。
まだ夢うつつの体はバランスを取りきれずに丸椅子から滑り落ちる。
「ぐえ」
とカエルの潰れるような音を出した。
「いや、まあ、やめればよかったんですけどね」
「早く寝た方が良いんじゃないですか?」
「これでも先生なんで、放っておくわけにもいきませんから……」
桃太郎さんはそう言いながらも口を押えてひどく気分が悪そうだった。
「大丈夫ですよ、風邪なんて引くわけありませんから。なんせバカなんでね」
「はあ……」
それでも心配と言った顔をしている桃太郎さんが少しかわいそうに思えて、
床に転がったままの白澤さんを無理やり起き上がらせた。
肩を組んで、引きずって運べるように体制を整えた。
「ちゃんと運んでおきますから、心配しないで早く寝てください」
「そーだよ、僕はだいじょーぶ」
いきなり隣から声がしてびっくりしたが、自力で進もうとした足には安定感が無い。
「白澤さんもそう言っていますし、
早く休まないと明日もっとひどい二日酔いになっている上司にこき使われたとき、持ちませんよ」
「ありがとう、ございます」
苦笑いをしながら自室へ引っ込んでいった桃太郎さんを見送って、
酔っぱらったままの神獣を引きずる。
「僕は大丈夫だって、言っているだろぅ?」
ろれつが回っていないのに何を言っているのか。
ぐにゃりとして、私に支えられてやっと前に進んでいる。
こんなに親切にしてしまって、もしこの男に明日の朝も記憶が残っていたら、何と言われることか。
何を言われたとしても、ちゃんといつも通りに応答できる自信が無い。
いつも通りがいつのことを指すのか分からないほど、この男と会うことを避けてきたことを思い出した。
そして“傷つけない”ために近くに行かないようにしたことも。
先ほど椅子に適当に置いてしまったことを後悔した。
夢うつつの中で親切にされたことを思いだして、何故そんなことをされたのか考えればいい。
考えて考えて考えて、一片でいいから私の気持ちにたどり着けばいい。
だから飛び切り丁寧に、ベッドにその身を置いた。
寝かせようとしても座った状態のままで、なかなか倒れてくれない。
傷つけないように、それでも横たえようと格闘すること数十秒。
「大人しく、寝てくださいッ……」
「んー、やだァ」
ベッドに引きずり込まれた。
後ろでシーツに皺が寄るのが分かった。
ベッドに縫い付けられた手は、酔っぱらったもので随分力が強くびくともしない。
傷つけないように、そんな風に考えてどうにも本領発揮ができない。
本気を出したら形勢逆転できるだろう。
それでも、なんで好きな人を傷つけなければならない。
加減できないで傷つけるなんてそんなことしたくない。
そんな風に自分の心を抉ることはやめたのだ。
傷つけないって誓ったのだ。
その想いが力をセーブさせている。
「ちゅー」
とか平気で言ってくる。
マズイ、泣きたくない。
くっと唇を噛み締めてこらえた。
いつになったら、自分が珍妙な行為をしていることに気が付くのか。
強く鎖骨のあたりを吸われた。
「んっ」
髪がさらさらと当たって、
くすぐったいんだか気持ちが良いのかといったところに、泣きたいのが混ざってくる。
キスはすぐにあちこちに落ちてきて、
それは優しく愛撫されているようで、
逃げ出したいのに押さえつけられていて許してはくれない。
帯が解かれて、綺麗に剥がされていく。
細い指が、艶めかしく舌のように肌を這う。
「わっ、ちょ。やめてくだ、さい」
泣きたいのに顔に熱が集まっていく。
だって、普通だったらこんなことは無いのだ。
嬉しいって、心の端が叫んでいた。
「あ、やっだ……」
「ナニそれ、煽ってんの?」
顔が近い。
内側を抉ってくるような欲望のちらついた目が見えてしまった。
目を逸らす。
しかしあごを掴まれて、唇が重なる。すぐに舌が割り入ってきた。
荒すような口付けは、好きなようにされて息もつけない。
そのまま飲み込まれる。
それからは良いように喘がされて、掌の上で転がされて、
形ばかりは僅かにしていた抵抗など跡形もなく崩れ去って、求めたりなんかして。
記憶の端々が飛んでしまって、おぼろげながらも重要なところは覚えている。
「可愛いね」なんて私は男だ。
甘く囁かれた言葉の一つ一つが脳を酔わせて、正常な思考を阻害する。
唇の感触だとか、指の触感だとか。
身をちぢこめて、記憶の余りの恥ずかしさに耐える。
隣でする自分以外の寝息に何度でも昨日のことを揺り起こされて、もう嫌だ。
なんで隣で寝てしまったのか。
あいつが起きた時に、何かが変わればいいとわずかに期待したのだ。
その前に自分がおかしくなりそうだ。
元々どうかしていたのが、狂っていたのが外側に溢れ出してきそうで、
ただひたすらに耳を塞いだ。
呼吸に合わせて一定のリズムでわずかに揺れていたベットが、大きくたわんだ。
起きたのかもしれないと考えて、体に力が入る。
まだ寝ている風を装いたいのに、肩がこわばった。
布団が剥がされて、肌が空気にさらされる。
アレの眼前にも晒されているのだ。
そう思ったら尚更、そっちの方を見られなかった。
「う、ぁ、、、」
そんな声を聴きとってしまって、泣きたくなった。
ああやっぱり。
「なんですか」
不機嫌そうな声を装って、そう言った。
振り返ると何があったのかよくわかっていないような困惑した表情の白澤さん。
「昨日の事、覚えていないんですか」
無言でゆっくり頷いたのを見てしまって、一つ舌打ちする。
していいじゃないか。
昨日のことを覚えていつまでも悶々としていなければならないのは、
私の方だけなのだから。
付けられた紅い跡の一つが目に入る。
体のあちこちに同様の跡が残っているのか。
これを見ている彼は何を思っているのか。
ベッドに腰掛けただけで、腰が重くて自由にならない倦怠感がある。
「あなたに付き合わされる女の子は大変ですね」
嫌味たっぷりに言い放つ。
今日も仕事は待ってくれないのに、なんてことだ。
そんな風に一つ呟いたが、発言の本当の意味が違うことを多分気が付いていない。
「やっぱり、そういうこと、したの?」
それがどうかしたのか。
そう思うことにした。
無言ではあったが、この状況で肯定以外はありえないことぐらい、問うた本人も知っている。
体を見られていると思ってしまうことは、あまり心によくない。
着流しに身を隠そうとベッドから立ち上がれば、近寄ってこられた。
「大丈夫、なの?」
心配されて、労わられて。
どうしろと。
「だって、辛いって聞いたことあるし」
よっぽど不思議そうな顔でもしたのだろう、聞いてもいないのに答えてきた。
優しいとかやめてくれ。
心がたまらなく痛いのだ。
着流しを前で押さえた手を止めてしまう。
その手は柔らかく払われて、紅い跡を一つ一つ指がなぞる。
「なにしてんですか」
「昨日のことは、全部夢だと思ったんだ」
胸に顔をうずめるようにした彼は、思いもよらないことを言いだした。
しっかり覚えているんじゃないか。
こちらを見上げてくる目に、昨日に似た光を感じ取って、すくむ。
「よがって、縋ってくるなんてさ」
逃がさないよと、手を取られた。
恋人つなぎのように指が絡んで、突っ張っても離れない。
「昨日はよかっただろ?」
今すぐ逃げたい。この場から。
「もう一回とかどう思う?」
「ふざけると、痛い目見ますよ」
繋がれた手を握りつぶさんばかりに力を込めた。
「もう、痛い目見てるよ」
そう言いながら振りほどこうとしない。
なんなんだ、これは。
もう、無理だ。
笑いたいなら笑えばいい。
何で、嫌悪感をあらわにしない。
何で、こちらを傷つけてくれない。
何で、罵ってくれない。
何で、関係を絶とうとしてくれない。
そうすれば、何もかも諦められるのに。
自分で自分を傷つけるような生ぬるいものじゃなくて、深くまで傷ついて。
そうしたら、それから回復するためだけに何も考えなくて済むのに。
ならばせめて、
何で、抱きしめてくれない。
何で、嬉しそうに微笑んでくれない。
何で、優しくキスしてくれない。
何で、本当は好きだったなんて愛の告白をしてくれない。
あなたが好きだ。
だから、
「半端なこと言うな」
体だけの関係を続けたいとか、そんな半端なことは言うな。
こいつに泣いても仕方が無いのに。
ひと粒零れ落ちていってしまった。
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- あとがき
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白鬼素敵サイト様に触発されて、どうしても書きたくなりました。
現在アニメ絶賛放送中で、萌えを満たすためのものが巷に溢れているって言う素晴らしい環境です。
また一本ぐらい書きたいのですが、私の書く話はどうしてこう、甘々イチャラブにならないのか不思議です。
心が痛めつけられている方が嬉々として書いていられます。