俺と僕と彼の記憶 13〜16


13

背徳的で、どうしようもなくゾクゾクした。
そもそもホモとよばれるような反社会的な人だからこそ、精神を鍛えるために聖職者へなる道を選んだのに。
これじゃ、意味が無い。
分かっていても、やめられなかった。

可愛い少年が来ると聞いて心躍っていたのは事実だ。
でもそれは最初は全く恋愛感情など抱いていなかったのだ。
アイドルなどを見て、かわいいと言うのと全く同じ感情だった。

毎回毎回傷ついた状態で来るその少年に、庇護欲と言うものを掻き立てられた。
自分しか守ってあげられる人が居ないんだと酔うぐらいに。
いつの間にか、アーサーを手に入れたつもりでいた。

気が付いたのはアーサーをオカズにしてしまった時だろう。
でも、やっぱりと思った。
結局変わることなんてできない。
でも、ちゃんとしているふりをした。
彼の近くに居るにはそれしか道が無かったから。

いきなり唇を奪われて。
あとはなし崩し的に行為に及んだ。
あまりにも煽るようなことをするから。

でも乱暴に抱いているつもりはなかった。
必ず「愛してる」と言った。
アーサーも愛してると言って果てた。

最初は機械的に繰り返しているようだった。
愛している、その言葉に反応して、愛している。
其れだけだったのが、いつの間にか色が変わった。
それから更にのめり込んでいった。

お御堂の中で、反響する声に脳みそを犯されて、ぐちゃぐちゃになって。
冷たい木製のベンチにうつった熱が、それ自身が発熱しているんじゃないかと思わせるほどに。

アーサーよりもこっちの方がぐったりとなっている事が多かった。
愛されていると思ってもらいたかった。
愛情の伝え方が、それ以外に分からなかった。
恐らく、家ではちゃんとしたなどと間違っても呼べないような環境にいる彼に、
どうすれば伝わるかの答えがそれしか見つからなかった。

自分も確かにしたかった。
でも、喜んでもらいたくて。

ただ今考えてみると自分の喜びの方が勝っているような気がした。

神父様の深い心のおかげで無罪放免になったものの、
神様を裏切った行為をしているというスリルにはいつも興奮していた。
だから、部屋のベッドでの回数よりも明らかにお御堂での回数の方が多い。



14

愛しているの言葉の意味を知ったのはそれが初めてだろう。

その言葉は時々部屋から漏れてくるメロドラマのセリフ以上の意味を持っていなかった。
でもアルフレッドは臆面もなく、はじめての時から俺に言った。
「愛してる、アーサー」
そのとろけそうな笑顔の意味が分からなかった。

ある日、どうしても教会に行けなかった。

追い出されるのではなく、閉じ込められたのは久しぶりのことだった。
お屋敷の主人に閉じ込められたのだ。
狭いクローゼット。
そとからわざわざチェーンでもかけているのだろう。
暴れた時にはかちゃかちゃと音がした。

どんなところでも眠ることができるようになっていた。
最近はアルフレッドの腕の中に閉じ込められて寝るようになっていたから、
すこしだけ贅沢にはなっているけれども。

カチャンという音に目が醒めた。
鍵が開いて、ようやく出られると思った。
窮屈な空間に居て、さすがに少し苦しかった。

「アーサー」
アルフレッドが呼ぶのとは違う気持ちの悪い声。
この屋敷の主の声。

「おじさんといいことしようか」
目覚めたばかりの頭で、ろくに抵抗もできないままに後ろ手を縛られて。
「ねえ?」
舌が這うと虫唾が走る。
指を一本入れただけでちゃんと慣らさないとこんなに痛いのかと思った。

男が果てるのは早かった。
おかげで肉体的に負ったダメージは、縛られた手首の跡と、中に詰まったままの液だけだ。
気持ち悪い。
気持ち悪いよ、アルフレッド。

いつもはこんな事無いのに。
いつもは。

次の日もまた、アルフレッドは優しく俺を抱いた。
昨日別の奴に抱かれたことなど気が付いていないようだった。
それが勘にも触ったが、何かを言う前に意識が飛んだ。
こんなに気持ち良かったっけ?

次の日目が醒めると、体は清められて、いつも通りの腕の中だった。
俺を起こしてはまずいと思ったのか、大分前に目覚めていた筈のアルフレッドと目が合った。
「愛してる」
言いたくなった。
ただ何となく。

「な、アーサーっ。大人をからかったらだめだぞっ!」
いつもコトの最中は言っているだろうに、明らかにうろたえたアルフレッド。
あ、分かった。
これが愛してるなんだ。
「愛してる、アルフレッド」
「アーサー、君のソレは心臓に悪いね」
「愛してるよ」

もう一度押し倒してきたアルフレッドに朝一番で抱かれることになるのだけど。



15

14年間生きてきた中で一番幸せだったのが、
アルフレッドと体の関係を持ってからのこの一年間だろう。

彼にとってどうだったかは分からないが、俺にとっては無くてはならない人だった。
金持ちの家にいるのももうそろそろ一年になろうとしていた。
でも母はその生活に不満があったらしく、また子供から段々と成長してくる俺に対して、
暴力の基準もゆるくなっていった。

傷ついたと言ってもよかった。
アルフレッドの前でなら。
その度に癒してもらって。
教会は本当に心の傷を治してくれるところだった。

俺と母は唐突に金持ちの家を放り出された。
実はあの夜見た男は母の愛人で、その存在がついにばれたのだ。
むしろ今までばれなかったことの方が驚きだったが。
また、路頭に迷った。

ただ今度ばかりは簡単に男はつかまらなかった。
そんな長く住まわせてくれるような人は。
一日ごとに家を替えて。
もしかしたらあの金持ちは結構な影響力を持っていたのかもしれない。
見つからないと苛々して八つ当たりしてくる母から逃れるためにも、
俺は教会に通う事をやめなかった。

ただ、迷惑をかける訳には行かなくて。
教会に母が来られたら困る。
そして何より、母の目にアルフレッドが止まるなどということは一番に避けたかった。
一回一回帰ってちゃんといるという事を証明すると、母は安心して俺を殴った。

「最近ひどくないかい?」
「いつものことだよ」
「愛しい人。ちゃんと自分の身を守るすべを身につけなくちゃ」
聞き流したもののアルフレッドはしつこかった。
そして、母のつけたその傷の一つ一つに、上書きするようにキスマークをつけていった。
痛いともくすぐったいともつかないその感覚に身をよじらせると
アルフレッドは楽しそうだった。

まだ大丈夫。
母のイライラはそろそろ限界を迎えそうだったが、俺にはまだここがある。
そう思えば不思議と安心できた。




16

その日は教会から帰ると母の様子が変だった。
住処と化していた路地裏に帰るといきなり足を掛けられ、狭い路地を挟んでいる煉瓦に頭をぶつけた。

「いっつー」
転がったまま頭に手をやると、ちくりとした痛み。
もしかしてと思って、見てみたら血がついていた。
また、アルフレッドに言われるだろうな。
君は自分のことに無頓着すぎだよ! 綺麗な体にまた傷をつけて…。
今更一つ二つ増えたところで大したことないのに。
その度に軟膏を取り出して、一つ一つに塗り込む。

母は何も言わなかった。
目がうつろにも見えた。

「ふふ、私の愛しい息子」
愛しい?
何を言っているんだ。
気でも触れたのだろうか。

立ち上がろうとすると、地面に着いた手をまた足でけられた。
不意打ちにバランスを崩す。
今度はうつ伏せになるように転んだ俺の髪の毛を母は掴んだ。
頭皮が引っ張られるが、今更痛いとは思わない。

「顔を見せておくれ」
ほぼないに等しい距離。
母の口からは悪酔いしそうな酒の香りがした。

そのまま、唇が押し当てられた。

侵入して来ようとする舌。
地面についていない方の手で、母を押しのけた。

「何をするの、私は母よ。黙って従いなさい」
俺から抵抗する気を削ぐためか、いつも通りに母は殴った。
それも判断機能が低下するように、わざと脳を揺さぶるような。

「やめ…」
言いかけた口。
ろれつが回らない。

もう母に負けないだけの力は持っていた。
栄養失調で時々貧血を起こしそうになるけれども。

それなのに、殴られたときにいつも通りに身を庇わなかったために、
不利な体勢に持ち込まれ、押さえられた。
上手く力が入らない体。

脳にかかった靄が晴れてから抵抗しても遅くない筈だった。
なのに、段々とはっきりしてきた視界にちゃんと母を捉えて、
全身を使って抵抗した筈なのに、その体はびくともしなかった。

力で抑え込まれている部分が、全く動かない。

母の何かが壊れていることを、そこで初めて理解した。
変だと思ったのは本当だったのだ。
思い返してみると、ちゃんと泊まる所が無い生活が一か月を超えていた。
それは俺にとってはいつも通りのことだったが、母にとっては違ったのだ。
粗末だとしても三食食べて、夜はぐっすりと眠ることができる場所で寝る。
それが、母にとっては必ず必要だったのだ。

「放せよ!」
「ねえアーサー」
名前を呼ぶな。
今までさんざんないがしろにしてきたのに。

母の手がシャツにかかった。
引っ張って、引きちぎろうとしたみたいだった。
何とか腕を一本逃がして、捉えようとした。
しかし、その手を振り払う事ができるぐらいに母の力は異常だった。

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あとがき
実際のいぎーの母ってどうだったんだろうな、とか考えてみて、
ヘタリアは擬人化漫画だから実際に母とか設定でもいないんだった、と気づいた模様。
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