05
…大丈夫ですか、大丈夫ですか……ッ!
「聞こえてますか!」
「ん、うぁ」
「先生! 患者、意識あります!」
なんで。
俺はここに居るんだ?
確か、彼に会いに行って。
白い天井。覗き込んでくる看護師。つまりは…病院?
見慣れない病人服に身を包まれて。着替えさせられた?
ガラガラと音の度に体が跳ねる。
体勢からして、手術室に運ばれているのか。
痛いとは思わない。これは、何があったのか。
もしかしたら痛み止めか。
「彼、は、、、」
「先生! 患者が!」
「彼は、ど…こ…」
「喋らないでください」
もう少しで、会えると思ったのに。
やっと、会えると思たのに。
「アーサー・カークランドさん? アーサー・カークランドさん!」
あれ?
疑問に思ったのにも拘らず、意識がすうと消えて行った。
06
現場を離れたからもうつかまることを心配しなくてもいいのだが、,br> これからどこをどう行けばいいのか分からない。
彼に会えると思っていたさっきまでの勢いはどこに行ったのか。
どこにいるのか全く分からない。
「そもそも名前も分からないしな」
全て忘れてしまったのだ。
事故のせいか、それ以前からかはわからないが。
顔も分からない、名前も分からない。
そんな状況でどうやって探そうというのか。
解決策が見つからなくて困っていたとこで、クラクションが響いた。
「おいおい。こんなところでどうしたよ?」
見知らぬ男。
でも、そう思っているだけで、本当は知っている人なのか。
「なあ、大丈夫か?
こんなこと聞くのもアレだけどさ、さっき近くで事故があったみたいなんだよ。
そこにあった車がお前の乗っていたやつにそっくりでさ。
心配になって近くに居るかもなんて当て推量で車走らせたら本当にお前がいたもんだからよ。
おいちょっと何か言えよ。
お兄さんの勘違いだったらいいんだけどさ」
この人は事故を知っていてこう接してくれているのか。
浅い付き合いではないのだろう。
もしかしたら彼の事を知っているかも知れない。
「会いたい人が居るんだ」
「どうしたよ」
「なあ、俺が昔いた場所ってわかるか?」
「ああ、お兄さんに分からないことなんてないさ」
何も言わずにその俺の友人と思わしき人物は車を出してくれた。
「で、昔の場所に何の用があるんだよ」
「会いたい人が居る」
「それはさっき聞いたって。その人はもう天に召されてるのか?」
「それは、無ければいいと思う」
「おいおい、冗談だよ。でも、そうじゃなかったらどうして行くんだ?」
ちょっとまてよ、そんな深刻そうな顔するなよ。
そう言って男は笑った。
「それともさっきの罪の告白をしに行くのか?」
車はちょうど砂利道に入っていた。
今時舗装されていない道なんて珍しい。
「罪?」
「さっき、撥ねたんだろ。人。あれ、お前だろ」
「…ああ」
そうだ。
焦って忘れていたが、重罪だ。
帰ったらどうなるのだろうか。そもそも帰ることはできるのだろうか。
「まあ、神父様に言ってしまえばいい。あそこの神父様は、本当はお前の事を可愛がっていたからなあ」
「神父?」
「ああ、そうさ。今から教会に行くじゃないか」
「教会?」
「どうした、今日のお前変だぞ?アルフレッド、お前、忘れたのか?」
アルフレッド?
この目の前の人は、アルフレッドと言ったか?
俺の事を。
07
車を降りても状況が呑み込めなかった。
「なんだお前、自分が誰だか分かってねーの? もしかしてお兄さんの事も?」
そう言って、目の前の人物は自分の事をフランシスと名乗った。
「おい、アルフレッド。お前、自分の名前を言ってみろ」
「アーサー。アーサー・カークランド。なあ、フランシス、お前俺の事をアルフレッドって言ったよな。どういうことだ?」
「“アーサー”って、本当か?」
「ああ、俺はアーサーだ」
そう、俺はアーサー・カークランド。
病院に入院していて。
深夜抜け出して、車に撥ねられた、筈だったのだ。
俺はもう少し背が低い。
俺はこんな格好をしていなかった。
靴を履いてなどいなかった。
俺は、眼鏡なんてかけていないし、こんなに手もいかつくないし。
「フランシス、俺は……」
「アルフ、いや今はアーサーか。お願いだからフランシスって言わないでくれ。気持ち悪い。
なあ、お前本当にアーサーなのか?」
「ああ」
「あの、アーサーか!」
「何か知ってるのか?」
「アルフレッドから少し聞いただけだ。ほら、俺なんかよりもそこにいる神父さんの方がよく知ってると思うぞ」
教会につけられた大きな木のドア。
その隣の小さな勝手口。
見覚えがある。
ココは、どうしようもなく見覚えがある。
「神父さま?」
「アルフレッド、君は本当にあのアーサーなのですか?」
この人も、俺は知っている。
アルフレッドが、この教会の神父になる前にここに居た人。
「本当に大きくなって」
そして、アルフレッドが此処を俺のせいで追い出された後に、
また引っ張り出されたのだ。
まだ、いたのだ。
「うぁああああああぁああ!!!」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
やめて。やめて。やめて。やめて!
「アーサー!?」
“フランシス”が近づいてくる。
「僕に、触るな!」
痛い痛い痛い痛い痛い
「大丈夫ですよ、あの人はここにはいません」
「アルフレッドは!? アルフレッドはどこにいるんだよ!?」
「大丈夫ですよ、アルフレッドがいなくても、君は自分を守れます」
痛い痛い
「だから言っただろう、もう二度と傷つきたくないんじゃないかって。でも、思い出しちまったのは仕方がねえ。
ただ僕から言えることは、
お前はもうそれを受け入れるだけの器が本当はできていたんじゃねえのかってことだ。
黙って、耐えて、受け入れろ」
子どもは悲しげに顔をゆがませて笑った。
辛いだろうに、そんな風にいいたげなその姿は、神父さまと重なって。
そして、一番よく知ってる神父と重なって。
…アルフレッド。
08
「俺の名前はアルフレッドです。先生」
目覚めて一番最初に言った言葉はそれだった。
俺はアーサーじゃない。
彼に会いに来たのだけれど。
そして飛び出してきた、いや、とびかかってきた彼を撥ねてしまったのだけど。
どうしてその立場が逆転しているのか、俺には分からないけれども。
「アーサー・カークランド君じゃないのかね」
「アルフレッドです」
「おやおや、これはまた不思議なことが起きたものだ」
「信じるのですか? こうもあっさり?」
「人間の体は時に不思議なことを起こしますからね。
まあ、もしも記憶が本当に入れ替わっているとしたらそれは神秘以外の何物でもないですね」
ああなんだ。
多重人格と勘違いしているのか。
「いいえ、アーサーと過去に、その、友達だったアルフレッドです」
「おや、珍しいですね。知っているとは」
「はい?」
「神秘が起きているのだと思いたいですよ。君の脳には何も問題はなかった。
うわごとのようにアーサーとだけ言うから君の、いいやアーサー君のおばあさんが心配して検査したんですよ。
アーサー君には、ほら、記憶が無いでしょう? だから、君の側にも何らかの事が起こったとみていたのですが」
「アーサーは、記憶が無い?」
「知らなかったのですか」
それは驚き、いいや、近づくことを制限されていたのでしたっけ。
とぼけたように言う医者。
そのせいで、何年も彼に会えなかったというのに。
「アーサーは? いや、俺の本体とでもいうべきでしょうか?」
「それが、とんと行方がつかめないのですよ。警察にでもつかまっているかと思ったのですが」
いない?
アーサーが?
「どうするんですか」
「そうですよ、君の知り合いに電話をかけてもらいます。
見た目は君ですからね、どうやら君は顔が広いらしいですし、誰か見かけたら捕まえておくと思いまして」
携帯電話をちゃらりと医者は取り出した。
「どこに?」
「車の傍に落ちてました。大方、アーサー君が車を降りた時に落としたのでしょう」
その時に、着信。
「あ、まずいですね、ここは病院」
年にしては軽快な動きでパタパタと医者は出て行った。
……アーサー、お願いだから無事でいてくれ。
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- あとがき
-
これからアーサーの過去回想編始まります。
重いです、暗いです。
この作品の大半がアーサーの暗い過去回想編です。
苦手な方は飛ばしてください。つぎは25〜28で会いましょう(どんだけ飛ばすんねん)