70.ぷにぷにの肉球


違和感を覚えて目が醒めた。
「あ、山田さん、おはよう」
のんびりと相馬さんがそう言ってきた。

「ひゃに、ひひぇるんれふは?」
「んー? 何言っているか分からないよ?」
相馬さんはにこやかに笑いながら、手を止めようとしない。
片方の手を掴んで引っ張った。
「なに、しているんですか?」
「何って、人間のほっぺって癒されるよねってさっき読んで」
相馬さんが指差した先には雑誌が開かれていた。

「そうなんですか?」
「うん」
外したのと反対の手は、まだほっぺをいじったままだ。
「それにしても、山田さんちゃんと寝てるの?
 こんな時間からお昼寝なんて」
「山田、ちょっとだけ昨日は夜更かししました」
「なんでドヤ顔なの」
「大人の女性へのステップアップです! 起きていられる山田、大人!」
「むしろ大人の女性は、早く寝るんじゃないかな?
 お肌の美容と化の為とかで?」
「そうなんですか……。じゃあ山田、昨日より二時間早く、今日は七時に寝ますね」
「んー、山田さん、いつもは何時に寝ているのかな?」
「いつも八時です! 昨日は一時間も夜更かししちゃって、九時に寝ました……」
「それは、もう少し起きていてもいいかもしれないね」
「相馬さん、さっきと言っていること違うじゃないですかー」
「いや、まさかそんなに寝ているとは思っていなくてね」
「ちゃんと山田、朝は早起きですよ? 八時に起きていますから!」
「山田さんそれで学校間に合うの? ってかそうすると普段十二時間寝ているの?」
うわぁと自分で聞いておきながら相馬さんは苦笑いをしている。

「ところで、相馬さん。これはいつになったらやめるんですか」
外されていない方の片手は、まだ山田の方をしっかり握って離さない。
「んー? んー」
いつもよりも誤魔化し方が適当だ。
このままだと聞いてもらえないと頬を膨らませれば、
もう片手も伸びてきてまた先ほどのようにいじりはじめる。

伸ばしたり、縮めたり、縦に動かしたり、横に広げたり。
それはもうてんでんばらばら自由自在に。
「ふぇーい!」
てーいと言ったはずなのに、上手く声が出せなかった。
それは置いておいて、相馬さんの両手を一気に外す。

じんじんと熱と痛みを訴える頬をさする。
「山田、こんなに激しくされたらお嫁にいけなくなってしまいます……」
およよといいながらしだれかかる。
「変な言い方はやめてくれよ……」
そう言いながら、再び相馬さんの手は山田の頬に伸びてくる。

「相馬さん山田の頬に何かがあるんですか?」
「んー?」
先ほどのように掴んだりすることは無く、
指先でツンツンと突っつかれる。
「もー、相馬さんは本当に山田のこと大好きですね!」
どやっとした顔を向けると、相馬さんの動きが止まった。
「仕方ないですねー。相馬さんは。
 でもさすがにそんなにしつこくされたら、
 山田、相馬さんのこと好きになってしまいそうですよ」

相馬さんの顔からはいつもの嬉しそうなスマイルが消えている。
やった、相馬さんを動揺させることができた。

「だめですよ、相馬さんは、山田のいいお兄ちゃんなんですから」
頬を手で押さえてきゃーと叫ぶ。
「そんなことになったら許されざる兄弟愛……!
 めくるめくドロドログログロの昼ドラの世界ですよ……!」
「山田さん……?」
「それは、とっても素敵ですね、相馬さん!」
「そ、そうなのかな……? ドロドロでグログロはいらないんじゃないかな……?」
「そう言う意味でも相馬さんはやっぱり山田の理想のお兄ちゃんです!」
そう言って抱き着いた。
「ちょっと、山田さんってば。そんなところを理想にされても……」
程なくしてぺりりと引きはがされてしまった。

「相馬さん、相馬さん」
「なに、山田さん」
「いえ、どうやったら相馬さんに山田のことを好きになってもらうかを考えていたのですが、
 名前を呼ぶと異性が意識するポイント、
 とかこの間伊波さんが持っていた雑誌に書いてあったので!」
「なんでドヤ顔なの、山田さん」
「山田としては、早く、相馬さんや音尾さんを巻き込んだ、
 ドロドログログロの昼ドラが見たいので……!
 山田、夢の為にこれからも頑張っていきますね」
「それは多分、頑張らない方が良い奴じゃあないかなぁ」
へらへらと相馬さんが笑った。

「じゃあ俺は、そろそろ休憩時間終わりだから出るけど、山田さんの仕事は?」
「そうですね、山田もそろそろお仕事に戻ります。
 小鳥遊さんから逃げると言うお仕事に」
「ま、まあ、頑張ってよ」
「はい!」
そうして休憩室を出て行こうとしたとき、相馬さんが何かを言った。
何を言ったのかは聞き取れなかったけど、
どこからか小鳥遊さんの声が聞こえてきたから山田はとりあえず逃げた。

――◆――◆――

「本当に、好きになってくれればいいのに」
最後に言った言葉は、山田さんは聞こえていなかっただろう。
小鳥遊くんの声と被っていたし。

「お兄ちゃんになったら、昼ドラ決定だからなあ。
 やっぱり山田さんの期待には、応えてあげられそうにないなあ」

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07/13
気がついたら一時になってる……。
久々に相山書いた。
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