64.苦手なもの


苦い恋はだって嫌いだ。
だから、あなたが苦手だ。
僕の心を捉えて離そうとはしてくれないから。

――◆――◆――

憧れだった視線に熱が加わったのはいつだったか。
何かを勘違いしてしまいそうになる。

幸い、幼いころから容姿には恵まれてきた。
老若男女問わず、可愛い、カッコいいと言われ続けてきた。
周りは自分に優しくて、誰もが自分に少なからず惚れていた。
そんな風に自分に親切にしてくれるから、それにはちゃんと好意で返した。

憧れられているのは、一目見てわかった。
好きだと言われているようなもので、悪い気はしなかった。
だから、好意には好意で返した。
まるで恋する乙女のような初々しい反応が楽しかった。
ここぞと頭を撫ぜれば、恥ずかしがったり。

一緒に帰りませんかと言われて、
一人だけを特別にするわけにはいかないので普段ならば断っている所を、いいよとすぐに返した。
男子だから、そんな風に思う子はいないだろうと。

視線をあえて絡めると、一回逸らしてから恐る恐る戻す。
震える声と、追いつこうとして軽く前のめりになる体。
「会長が幸せなら、それはよかったです」
そう言って、目を自分から合わせたのに、すぐに逸らしてしまった。
ああそうか、俺の事好きなのか。

何も、間違いではない。

――◆――◆――

それでも変わらない。
女子に対しても同様にスキンシップを取る。
恋焦がれて、なんて言ってもどうしようもない。

ただ、ちょっとだけ他の人に比べて親切にしてもらっている気がするのだ。
それが気のせいだとしても、嬉しくて。
だから、逃げられない。
早々に既に見えてしまっている結末から逃げ出したいのに、捉えられる。

「何から、逃げてるの? もしかして、俺の事嫌いになった?」
そんな事無いです。
首を力なく振るしかできない。
逃げられなくして、会長は何がしたい。

――◆――◆――

好きだって、言われたらさすがに無理だと断るつもりではいた。
でも、そんなきっぱり断るつもりなどなくて、
あくまで好意をくれた人には好意で返すつもりだった。
上手くはぐらかすつもりだったのが、特に何も言ってこない。

頭を撫でてみたり、目を合わせたら微笑んでみたり。
遠くからでも見かけたら手を振ってみたり。
そんなことをしていたら、姿を見せなくなってきた。

気になるじゃないか。
そんな風に居なくなられると。
「何から、逃げてるの? もしかして、俺の事嫌いになった?」
力なく首を振る。
じゃあなんなの。
一歩下がり、逃げようとしたので手を握る。
それを振り払おうとしてできない様を見て、ますます訳が分からない。

何かを言おうとして、やめて。
なんだ、だったら変わっていないんじゃないか。
何で逃げようとするのか分からない。

――◆――◆――

恋かもしれないと思ったのはいつだったか。
意識が吸い寄せられるように、いつの間にかそれしか考えられなくなっていた。
始まりは、そんなものでは無かったはずなのに。

「あのさ、俺のコト好きでしょ?」
なんて、聞いてみた。
狼狽えて逃げ出した。

何で俺は追いかけて行っているんだ?
だって、最初は彼の方が俺の事を好きだったから、俺は愉しんでいただけなのに。
離れて行かれるなんて、初めてのことだった? そんな事無い。
なのに、なんで俺は追いかけているんだ?

彼は分からない気持ちを俺にくれる。
だから楽しかったのに、だから逃げて行かれると堪らない喪失感。
「待ってくれ!」
振り返らないで走り去ろうとする。必死に追いすがる。
行くな、行かないでくれ。
こんなふうに求めるなんて、今まであっただろうか。

俺は、想ったことなど無かったのか。
そのことを思い知る。

恋は苦手だ。
どうすればいいのか分からない。

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03/21
久々に一次を書くと難しいですね。
要リハビリです。
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