63.夢と希望


目が、醒めた。
既に頭は冴えていた。

なんだ、夢か…。
そんな失望した声さえ漏れないほど、完璧な夢。
夢のような夢だった。

いつもよく見る歌舞伎町の町中。
なじみの店やらが並んでいたりするところを、ただ何の目的も無しに歩いていたら土方に出会った。
彼は一人で、隊服のまま普通に声をかけてきた。
―よお。
どうかしたのか?
―いや、声かけちゃおかしいか?
そう言って、土方は微笑んだ。
―大丈夫か?
ぐしゃりと頭を撫でられる。

は、ぁえ!?
驚いて飛び退ろうとしても放してくれない。
あのー、ちょっと土方君?
―なんだ?
ちょっとだけ幸せそうな土方の顔を見て、無理やり手をどけられない。
―ふわふわして、気持ちいいから。いいだろ?
なんだよ、それ。
黙ってしまうしかない。

満足したのか手を離したらいつも通りに煙草をくゆらせる。
―好きだよ。
少しだけ、赤みの差した顔で。

意味が分からない。
そんな、夢。
肺一杯に吸い込んだはずの紫煙は無味乾燥で、幸せだった。
何で笑っていられるんだろう、どうして今の俺は幸せなんだろう。
幸せになれたのだろう?
好きだよ、の言葉が鼓膜を震わせない。
確かに言っているのに、伝わっているのに、その声が分からない。
起きて、ああそうだ、夢だからなのかと納得した。

言うはずがない。
希望が、期待すらしていなかったそれが脳を占めて、勝手に作り上げた。
そんな現実味がある訳が無い。
うたた寝の末のこと。

あなたを思って寝たから、あなたに会えたのでしょうか。
そこが夢だと知っていたならば、醒めなかったのに。
そんな風に詠った昔の人がいた。

仕事をサボってグータラしていてもロクななことが無い。
あの歌に言われているように、できる訳が無いのだ。
いや、できなかった。
幸せだったあの場所と比べて、今がどうしようもなくなる。
大の男が夢の事を思い出して震えるってなんなんだ、それはもう。

無理だ……。
今日はもう、何もできない。
震えそうになるこぶしをきつく握りしめて、これは力を入れ過ぎているせいだと思うことにした。
いつも通り木刀を腰に差して、肩から力を抜いて、飄々としたさまを装う。

ここに居たら新八や神楽に見つかって、心配されてしまう。
理由は話せるわけもなく、かくしている事を知ったら尚更あの二人は何とかしようとしてくる。
だから町に逃げた。

出会ってしまった。
「よお」
ちょっと揶揄するような響きを含んで、土方が声をかけてくる。

いつもだったらそれだけで嬉しいのに。
会って、顔を見て、喧嘩でもいいから下らない会話をすることが幸せだったのに。
声が、今度はちゃんと聞こえる。
声はこんなのだっけ。
鼓膜がちゃんと震えて、間の取り方まで分かる。

この声は、あんなこと、言ってはくれない。

「ちょっと、ごめん」
謝罪が口から洩れた。
無理だ、これ以上は。

「おいちょっと、大丈夫か?」
声が声が。
眩暈のようなものに立っていられなくなって、その場にへたり込む。

大丈夫な訳ねーじゃん。
これはなんでだ。
夢に見てしまうほどまでに焦がれていた。
そんなことを今更思い知って、立ち上がれなくなるなんて。

まだ、夢に見てしまうぐらいのことに馴れていないのだ。
こういったことと、この想いにもまだ。

「おい、本当にどうしたんだよ」
そうして土方は屈んで顔を覗き込もうとしてきた。
みっともない顔はしていたが、それを見られる事よりも、
ああ頭を撫でてくれないんだなんて思ってしまっている自分がどうかしている。
幸せすぎたあの夢に嫉妬する。

「ごめん」
まだ頭が痛くなるほど膨れてしまった想いに耐えきれるほど俺は強くない。
「気にしないで」
精一杯の言葉の裏には、まだ夢みたいな希望が詰まっていた。
期待すらしていないなんて、嘘なんだ。

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