59.彼方からの呼び声


今日は少し早く起きてしまった。

「おはよう、ロスさん」
ロスさんは相変わらず一番の早起きだ。

「ああ、おはよう」
もう既に身支度を終えているが、いったい何時に起きているのだろう。
「今朝も一番?」
「いや、アイツらが先に」
そうやってロスさんが指差した先の岩陰から、ヤヌアさん達がでてきた。
「どうりで騒がしいと思った」
「おお、ルキ殿! 拙者がどうかござったか…?」
「ううん、なんでもないの」
結局今日も、アルバさんが一番遅起きだ。

「ロスさん、アルバさん起こしてきて? みんなもう起きちゃってるし」
「全く、あの人は…」
なんだかんだ言って、ロスさんは起こしに行ってあげるのだ。
えらいなと感心してみる。
決して口に出して褒めたりしないが。
ロスさんが私に褒められるのを嫌がるだろうと言うのもあるだろうが、
少なからず不純な動機が混ざっているものを素直に褒めると言うは私としても引っかかるものがある。
手を出してしまってるとは思わないが。見かけと言動に反してヘタレだし。
それと、できればアルバさんを起こしには行きたくない。

ロスさんがいなくなった所でヤヌアさんが忍者のような足さばきで私に近寄ってきた。
「ルキ殿、ルキ殿」
足が気持ち悪いと言ってみようかと思ったが、事実を無意味に伝えて衝撃を与えても、話が進まなくなってしまう。
「ルキ殿は行かないでござるか?」
「ロスさんが行ったよ?」
「あ、いや、そういうことではなくて、ルキ殿が言ってもよかったと思うんでござるが、って、別に行けと言っている訳では無くて…」
このままだと収拾がつかないなと思って、つい助け舟を出す。
「私が行ってもいいじゃないかって聞いてるの?」
「そう、でござる」
「アルバさん、寝起き最悪なんだよ。行きたくないもの」
寝起き最悪とは説明が難しいからそう言っただけであって、厳密には違うが。
「ロス殿はどうしていくでござるか?」

答えずらい質問だ。あのままはぐらかしていれば良かったか。
「ロスさんが起こすとアルバさん直ぐに起きるんだよ」
何でか分からないけど。
そう付け加えておいて、これで何とかなったかと伺うとヤヌアさんは目を輝かせていた。
「それは、もしかして、すごい技を使っているのでは無いでござるか!?」
何処をどうしたらそんな話になったのだろう。
誤魔化し方が悪かったのか、それともバカなのか。
いや、考えすぎだ。こんな風に思っていいのはアルバさんだけと決めている。

「行くでござる!」
「え、ちょ、まって…!」
ずるずると腕を引っ張られて、いや逃げればいいんだけど、
ここで行くのは間違いなくアルバさんの止まっている部屋で、今現在ロスさんが起こしている最中の筈。
正直に言うと、好奇心に負けた。

どうやってあの人を起こすのか。
アルバさんは、起きない。
それこそ冗談でもなんでもなく、王子様のキス以外では呪いが解けない姫のように起きない。
どれだけうるさくしようとも、どれだけゆすろうとも、安らかな寝息を僅かも乱さない。
むずかるように声をあげる事もあるが、決してこちらの声が聞こえている訳ではなく、ただ反射としてだ。
顔が真っ赤になるまで叩き続けても起きない。
やっと起こした後に、
「なんか顔が熱いんだけど、、、」
とアルバさんに言われてしまった。
「風邪でも引いたんじゃないかな」
冷や汗を無視しながら誤魔化した。
「馬鹿は風邪ひかないんですよ?」
なんて、まったく、ロスさん余計なことを言わないで。
風邪でうまく誤魔化せたと思ったのに。

アルバさんの寝ている、おそらく現在はロスさんもいる室内に特攻しようとしているヤヌアさんを止める。
そんなことをしてしまっては、ロスさんはいつも通りに起こしたりなどしないだろう。
「こっちこっち」
「おお、忍者っぽいでござるな!」
自称忍者が楽しそうだが、こちらがヒソヒソ声なことに気を遣ってほしい。
もう既にバレてしまっているような気はするが、隣の部屋に潜む。
壁に耳を当てると、薄い壁の向こう側の会話は筒抜けだった。

「起きてください」
「…やだぁ」
あのアルバさんが応答している。
「起きてください、時間ですよ」
「もーちょっと、寝るの。。。」
「起きますよ」
「眠いもん。やぁだ」
これをもってしても手を出せないロスさんのとんだヘタレぶりにため息が出る。
「ロスも、一緒に寝る?」
「起きますよ」
声が固いのは、ああそうかさすがに精神力が試されているのか。

「ぎゅー」
「…」
「ぎゅー」
衣擦れの後に自分で効果音を口に出して。
何をしているのか覗かずとも分かる。アルバさん抱き着いてる…。
「離れてください」
「なんでー?」
「なんでもです」
「だって、いつもやってるよ?」
いつもですか、、、

「じゃー仕方ない。もう、起きるよ。だからちゅー」
「…」
「ちゅー」
「勇者さん、起きてください」
「僕はアルバだよ? ちゃんと呼んで。ろーす」
この、ロスさんの大好きなあんみつよりも甘ったるい空気に耐えられなくなてきたのだが、ヤヌアさんはそんな事無いのだろうか。
「ちゅー」
なおも、キスの催促は続く。

「ルキ殿、ちゅーとは何でござるか?」
「あー、目覚めるためのおまじない?」
ってか、ロスさんは毎朝なんてことをやっているんだ。

と壁から耳を離している間に事態は進んでいた。
「おはよう、戦士」
隣の部屋には目覚めのさわやかな空気に満ち溢れているようだ。

「ヤヌアさん、私ちょっと用があるから先に行ってて?」
「合点承知でござる!」
しゅたっと微妙に格好悪い効果音を口にしながら、俊敏に消えていく。
このタイミングだと廊下あたりでアルバさんと鉢合わせしそうだな。
私が用があるのはロスさんだ。
多分、この壁の向こうで頭を抱えている。

アルバさんの足音が消えた後で、隣の部屋に行く。
「ロスさん」
「…言うな」
「よく、仕込んだね」
というよりも、あんなことやってるぐらいなら早く好意を伝えればいいのに。
寝ぼけているとはいえその気が無ければ、あの甘ったるい空間は生み出せないと思うのだけど。
「最初はあんな感じじゃなかったんだけどな…」
初めから素敵にただれていたら、それはどうかと思う。

アルバさんは、結局ロスさんの声にしか反応しないんだから、なにも考える事なんて無いのに。
「クリームあんみつ3杯でいいよ?」
ロスさんは黙ってしまった。

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久しぶりだ。そしてルキちゃん目線が初めてのことでしたね……。
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