全てを手に入れたのだと自分に言い聞かせてきたが、それは違う。
やっぱり無いとだめなのだ。
俺には。
向かうは世界一の大剣豪の元。
どの完成した海図にも載っていないような、グランドラインのとある島。
その中でも比較的気候が穏やかな所だ。
本人に聞いても当てにならないので、ちゃんとナミさんに聞いたら生き方の書かれた海図が届いた。
本当にすごい人だと思う。
どうやってナミさんはここにゾロがいる事を知ったのだろう。
そこに、人が住んでいるとは思えない密林の奥まで続いているけもの道を見つける。
まるで襲い掛かるかのように生えている草を凪ぎ払いながらやっと中央にたどり着くと、
そこには侵入者に構えているゾロがいた。
「ゾロ!」
「…久しぶりだな」
一瞬の躊躇の後に、丸くなったような笑い。
むしろ瞳の鋭さはあの頃より増している。
「どうか、したのか?」
「いいや、どうもしない。強いて言うなら、取り戻しに来た」
ゾロは心当たりを探すような顔をして、結局思いつかなかったのだろう。
「何を、とりにきたんだ?」
と言った。
それはそうだ、これはあくまで俺の都合だ。
「なあ、美味しい食べ物付きで腕のいいコックは要らないか?」
「は?」
「だって、ろくなもの食べてないだろ」
肉などを焼いた跡は確認できたが、調理器具などを使った跡は見られなかった。
「あー、回りくどいんだよ。はっきり言え」
今なら言える。
あの頃は言えなかったこと。
伝えたかったこと。
「俺はお前が好きだ!」
ゾロが息を飲んだ。
――◆――◆――
好きだった、好きだった好きだった。
このラブコックが、こんなにも恋愛におく手になったのはおそらく初めての事。
ガンガン行こうぜ!
と消耗してもお構いなしだった俺のスタンスはどこ行ったとばかりに消極的な恋をしていた。
相手が相手だったから仕方が無い。
いや、まず何があって恋愛感情に変わったのか。
男に恋してた。
筋骨隆々とまでは行かないが、細身に戦闘向きの筋肉がしっかりと付いている。
美しいが、でもそれは間違いなく同性に対するソレだったと思う。
それがいつの間にか、美しさに惚れ、褒められ馴れていないその不器用な性格の虜になっていた。
気が付かれてはいないと思う。
気が付かれないように、そっとそっと大事に気持ちは包み込んで。
胸の奥にしまっていた。
滅多に人を褒めないのに料理に対して素直においしいと言ってきたときや、
背後からくる敵をさばいた時に感謝の言葉を述べるなど、
そんな素直な言葉はほとんど聞けないからこそ、心が砕けそうになる。
一度だけ、緩んだ。
月の綺麗な夜で。
最後が近づいていることを船上で皆がひしひしと感じていた。
たどり着いたらそこで、旅の終わりだとみんな分かっていた。
いつまでもいることはできる。
世界をこれからも何周だってすることができる。
でも、それをしたくないと、みんなが思っていた。
こうやってキッチンに立つことも、あと数えるほどしかないのかと。
あの素敵な仲間に、自分の料理を作ってやることはできないのかと。
感傷に浸っていた。
らしくないなと笑って、煙草に火をつける。
灰を灰皿に落とした時にキッチンに入ってきた。
「お前も眠れないのか…」
安堵したような表情をゾロは浮かべた。
最後になって、何でそんな安心したような顔を俺の前でするのか。
緩んだ心の隙に付け入ってくる。
内側に差し込まれて、べりべりとてこの原理でせっかく作ってきた防波堤が崩れていく。
「なんか、飲むものくれないか?」
「あ、ああ」
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
瓦解して行った心の壁を修繕していく。
棚の奥に隠してあった上等な酒を出してしまう。
こんな時間も、もう最後かもしれない。
グラスを二つ出したら、何も言わずに持って行った。
つまみも何も無しに、上質なだけ度数の高いアルコールを流し込む。
無言で。
月明かりに映る横顔は相変わらず綺麗で。
自分の頬が染まっているのを、酒のせいと思ってもらいたかった。
…好きだ。
って、何の気負いも無しに言えそうな気がした。
「もう、そろそろだな」
「ああ」
ナミさんの指針ではあと三日ほどで着いてしまう。
ルフィの事だからまた何か起こしそうだが、それを入れてももう少し。
「オレは、お前の事、嫌いじゃなかった」
絞り出すような言葉。
頬が紅いのは、酒のせい。
頑張って言ったのは、それまでの関係が、
周りから見れば仲の悪いように見える関係が、それほどまでにつっかえていたから。
「最後だから、な」
照れるようなごまかしの言葉を重ねて。
それでも真っ直ぐこちらを見てきた。今、目をそらしたいのは俺の方だ。
ずるい。ずるいよ。
なんで、そんなこと言うんだ。
嫌いじゃなかっただなんて、俺にとっては、好きだって言われるぐらい衝撃で。
ありえない物として片づけていたから、衝撃と共に苦しくなる。
「お前は、どうなんだ?」
やめてくれ。
これ以上、何を言わせるつもりだ。
好きだって言えそうだったからこそ、好きだって言わないようにした。
素敵な気分のままに終わりたかった。終わらせたかった。
お前がそこまで俺に好印象だったら、それだけで終わらせたかったのに。
好きだって、言わないために。
唇を塞いだ。
本末転倒なことは分かっていた。
殴られてもいい。好きだって、言わないことの方が大切だった。
気持ちを馬鹿にされたら。
いや、馬鹿にするなんてことは無い。ゾロだから、困ったように笑うのだろう。
好きだってことを否定されたくないから。
俺はお前のこと好きになれないと、今まで好きでいたことの、
これからも好きでいることの意味を無くされたくなかった。
唇は予想に反してやわらかかった。
お風呂にでも入ったのだろうか、湿っぽくて、吸い付くようで。
よく見たら髪が濡れていた。
抵抗しないことに違和感を感じて、泳がせていた目をぶつける。
ゾロの目が逃げるように、瞼の奥に隠れた。
なんで、なんで、なんで、なんで。
理由を説明してくれ。でなければ、俺は、押し倒しそうだ。
警告音が頭の中でのたうった。
それを押さえつけようと必死に本能が動いているのが分かる。
そこは逆なのに。
何で負けそうになってるんだ理性。
確実に自分の意思で、唇の間に舌を割りいれようとする。
やめろ。
そんなのは建前で。本音で突き進んでいく。
ゾロに拒絶されないことで抑えが利かず。
何で止めてくれないんだと理性がどこかで責任転嫁をし。
最後と思って、わざと箍を外そうとするしたたかさ。
止まれ止まれ。止まれ、止まれ、止まれ。
上下の唇、歯に遮られた更にその先にある熱い舌に触れた瞬間。
ああもうこれは、抑えなど効かないなと理性が諦めた。
エロコックの本領発揮。
久々の感触に心が震えて、感情が暴走する。
手中に収めているような充足感。
貪るように口内を蹂躙して、温い液体が端から零れていく。
目の端に涙が溜まっていくのが見えた。
苦しいと主張するように胸を叩かれたが無視する。
力が入らないのか、入れていないのか、それはあまりにも弱々しくて、抵抗とは認めない。
いや、認めたくないと。
絶対に叶わないことと思っていた。
いつまでもこの時を手放したくなくて。
口が離れたら最後、心まで離れて行きそうだった。
ゾロの目が、苦しそうでありながらもこちらを見る。
しっかりと。
心に籠って暴走を促した熱が引いて行く。
いつの間にか離れていた。
「ぁ、」
急に入り込んできた冷たい空気に幼い声をゾロが漏らした。
好きだよ、というならこの時だったかもしれない。
でも、俺はあくまで臆病で、まだ怯えていた。
背を向けて、自分のスペースたるキッチンに行こうとした。
「まてよ、」
熱っぽい声。そんな風に自分がしたのだと分かってしまう。
疼く。
振り返ると潤んだ瞳が、いや、俺からしてみたらとろりとした目がこちらを見た。
上気した頬。
口を一文字にキュッと絞った。
「なんで」
「ちょっと、魔が差した」
「だからって」
「つい、だ」
何故かそれ以上の追及の言葉は無かった。
次の日、何もなかったかのように元通りになった。
本当に何もなく、一日が経ってしまいそうだった。
「なんでだよ」
別に避けてもいいだろ、逃げてもいいだろ。俺から、背を向けてもいいんだよ。
「だって、お前は避けられたいか?」
「いや、」
でもだって。そう言うわけにはいかない。
「なら、いいだろ」
そう切り上げられてしまって、それ以上は何も言えなかった。
以来、その話はしないことにしていた。
しないことになっていた。
最後の日まで。
負い目もあって、何も言えなかった。
オールブルーも見つけた。
ゾロは世界一の大剣豪となった。
仲間を壊すことにもならない。
俺も強くなった、もう大丈夫。
だから壊しに来たのだ。あの頃自分が心に張ってしまった結界を。
「好きだから、来た。好きだって、伝えたかった」
「…それだけ、か?」
真面目に話を聞いてくれることに安堵して、胸を圧迫してた空気の塊を喉の方に押し込む。
「付き合ってください」
頭を下げる。
こんなに真剣に人に頭を下げたのは一体いつ振りのことだろうか。
ダメ元と言うやつだ。
認めたくはないけれど。
「…遅ぇんだよ」
呟くよな不機嫌そうな声が降ってくる。
でも、いまなんて言った。
顔を上げる。
「遅いってことは、あの時は好きだったってことか?」
認めてもらえたら、あの時の俺が報われる。
縋るように尋ねた。
「あの時、なんかじゃなくて…好きだ」
今なんて、今なんて言った。
「なんて、言った…?」
「す、きだ…。何度も言わすな」
何て言ったのか理解できていない。
ココでもう一度聞いたらただ単なる馬鹿だが、あたまのなかで言葉の意味を正す質問ばかり。
「あは、」
何を考えて俺は今までコイツに愛を伝えることを躊躇っていたんだっけか。
「笑うな、気持ちわるい」
「ああもう、大好きだ」
自分の発した言葉の照れか、俺の今伝えた言葉のせいか顔を赤く染めたゾロは、それでも飛び込んでいく俺を受け止めようとしてくれる。
タックルして押し倒した。
一度目は変えることは叶わなかったけれど、再び会えば何かが変わる。
なあ、過去の俺。
恐れずに前に進もうぜ。
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オチが思いつかない病にかかってしまった!(ウソップ風)