50.巡る季節


ちょっと付き合えとサンジに言われた。
手から覗いた瓶のラベルを見て予定を変更した。いつもだったら棚の奥に隠して出してくれないようないい酒だったからだ。
シャワーを浴びてすぐにでも寝てしまおうと思っていたが、付き合おう。
「ちょっと、シャワーだけ浴びてきていいか」
「ああ、行ってこい。外で待ってるな」

もう少しで秋と呼べる気候帯に入ることはナミに言われて知っている。
気持ちいい以上に夜風は冷たい筈だ。
「中じゃなくていいのか? 寒いだろ」
「中の方がよかったか?」
「あ、いや俺は別に」
雪が降っているようなときで大概は外でトレーニングしている。それぐらいの寒さは日ごろから馴れている。

「心配してるのか?」
その言葉にからかうような響きを感じとって、誤魔化そうとも考えたがいいのが思いつかなかった。
「まあ、一応な。風邪ひくと、ウマい飯が食えなくなっちまう」
驚いていた。それから普段ナミとかに向けるような、女が見たらとろけそうな優しい顔になってサンジは言った。
「俺だって戦うコックさんだぞ?テメェみたいな筋肉バカといっしょくたにされたくはねえが、それぐらい大丈夫だよ。
 それにちょっと涼風を浴びたくて」
「どうか、したのか?」
思っていたとしてもそれを俺に言うなんて珍しい。

「少し暑くて」
「熱でもあるんじゃないか?」
手を伸ばすと避けられた。重ねられていたグラスが音を立てる。
「大丈夫だって」
「なら、いいが…」
「今日はやたらと心配してくるな」
冗談めかしてサンジは笑ったが、饒舌に喋りすぎたらしいことにそこで初めて気が付いた。
「じゃあまた」
「ああ、待ってるよ」

――◆――◆――

疲れているようだったから断られるかと思った。
それがあっさりと返事が来て浮かれて、少しニヤついた顔をどうにか戻そうとして外に出ると言ったら、以外にも心配されてしまった。
幸福はどうしてまとめてくるのだろう。思い出しただけで一か月は微笑んでいられる。
気味が悪いと言われそうだからさすがにやらないが。

すぐに来るだろうと思って酒をグラスに注いでしまった。
「よお」
なんだか待ちわびていたみたいで恥ずかしい。気が付かないでいてくれ。

相変わらず風呂上がりのこいつは艶めかしい。
闇の中でわずかに見えた薄桃色につばを飲みそうになった。
グラスに手を伸ばしたら、
「乾杯しねえのか?」
と聞かれてしまった。
焦っているみたいでますます恥ずかしい。
グラスを掲げてから、本当はマナー違反らしいがわざとぶつけて甲高い音を鳴らした。

何度目かの秋。
この海に出からは季節までも狂ってしまって、自分が今ここに居るのか実感がわかないぐらいだ。

何度目かの秋で思い出した。
「一日千秋って知ってるか?」
お前の国の言葉だろ? と言うと、そうだったかもしれないとぞんざいな返事だった。
「一日がそんなに長く感じるくらい待ち遠しいって、想われてみたいものだな」
いつものどうしようもない軽口と受け流されると思ったら、ぼそりと奴は言った。
「…そんなに想われてんだったら、一日だって待たせやしないのに」
本当のことを言うと、お前にそんな風に想われたいって話なんだけどな。

涼風が頬を撫でていく。
待っていてくれるのだったら、何の苦労もないのに。
横顔を盗み見て、漏れそうになるため息を酒で押しこんだ。

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11/23
50話目ぇええええええ!!!! 別に記念すべきでもなんでもなですけど、こんなに頑張ったのはいつぶりだろう。
でも明らかに今のペースだと、今年中までに終わらない気がするんですけど気のせいですか。
天皇誕生日とか、29日からの三連休とかで一日10題ずつやるなんて嫌ですからねっ!(笑)
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