雨の日は嫌いだ。
窓の外に降る雨を見て、カーテンを閉じた。
部屋の電気を落とすと雨の雫が外灯に反射して影を落とす。見たくない、見たくない。
ソファに深く腰掛けた。
あの日は雨が降っていた。
今日も雨が降っている。
「なんだい、寝ないのかい?」
「ああ」
雨は嫌いだ。
止める間もなく降って、大切なものを奪って行った。
もう二度とあんな思いをするのはごめんだ。
「明日を祝ってはくれなのかい? 俺の誕生日なのに…」
誕生日、今なら祝えるだろうか。
雨のせいだろうか肌寒く、寝間着の前をきつく締めた。
「いいよ、起きてる」
アメリカは隣に座って、スタンドライトをつけた。
怖い。
手から離れて行った日を再確認することが。
いや、手から離れて行った日ではない。
そのときにはもう既に遠かったのに、それに気が付きたくなかったことを理解させられた日だ。
そしてそれは今でも変わらなくて、再認識することがたまらなく怖い。
「イギリス…」
これだから君は。
呆れたようにアメリカは言った。
小さく震えているのに気が付かれてしまっているのだろうか。
「本当は一緒に祝ってもらいたいけど」
いいよ、まだ待つから。結局、その言葉に甘えることになってしまうのが申し訳なくもあった。
「じゃあ話してようか」
そう言っていいブランデーをアメリカは一本開けた。
そんなもん持ってたのか。普段安い酒しか飲んでいるイメージしか無かったから意外だった。
飲み過ぎはよくないぞ、だなんて体調を心配しているつもりなのだろう。
一気に呷りたいような衝動に駆られたが、押さえて舐めるように飲んだ。
「何か、話してよイギリス」
少し投げやりなフリ。呂律がすでに回っていないような軽い舌足らずでそんな風に言われるとどうしても思い出す。
懐かしい。こうやって土産話をねだられた。だから毎回用意して行って、それを考えるのも楽しかった。
のどを鳴らして一口ブランデーを飲み込んだ。
温度を思っていない筈の液体は、熱い塊となって流れていく。
「アメリカ、覚えてるか…?」
昔は、だとかそんな話はアメリカが嫌がる。
でも何も帰ってこなかったので、今日のアメリカは大人しく聞いてくれるのだろう。
「…だったよなぁ」
酔いが回っている今だったら、聞けそうだった。言えそうだった。
「アメリカ…」
俯いたままなのは仕方ない。
だって顔なんて見れそうにない。
「俺のこと、好きか…?」
甘ったるいこの言葉は何だろう。
アメリカは好きだって言ってくれるだろう。でも確かめずにはいられない。
もう家族愛だなんだって言っていられないぐらいに、俺は好きだ。
好きだ好きだ好きだ。
また、いなくなられたりしたら、言い訳していたあの頃なんかに比べようもなく壊れる。
あの時もしばらくは暗黒の時代だったが、それ以上に、もう、救いようもないぐらいに。
返事が無くて、それがあまりにも長くて顔を上げる。
「アメリカ…?」
思い出した。
小さい頃もこうやって夢中になって話してしまって、知らないうちにアメリカは寝ていた。
昔も反省したのに。
隣に居ても、一人になったような気がして泣きたくなった。
起こさないようにそっと自分の肩に寄り掛からせてみたものの、かえってその体温が空しかった。
グラスの中身がほとんど無くなっても、大きく体を動かすことができなくて注げなかった。
酒に逃げようとか思っていた訳では無かったが、手持ち無沙汰になってしまった。
いっそこのまま寝てしまおうとも思ったが、そうできたら何の苦労もなかったのだ。
ため息をついて大人しく目は閉じた。
せめてもと思って。
結局どれだけそうしていたかは分からない。
隣が動いたのが分かって目を覚ました。
目を覚ましたってことは少なからず今まで寝ていたということかと妙に安堵した。
アメリカは特に何も言わずに立ち上がって窓に近寄った。
カーテンを開けると、空は白んでいる以上に色を変えていた。
「…あ」
驚いたような声に何だろうと思った。
アメリカが軽く手招く。
指差された窓の外を見て、驚いた。
「珍しいね、夜明けに虹だなんて」
いつの間にか雨は止んでいたのだ。代わりに弱々しくも虹がかかっていた。
「…誕生日、おめでとうアメリカ」
「ありがとう、イギリス」
抱きしめられた腕の中で、今度こそぐっすり眠ってやろう。
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風邪をひいていました。それ以上に更新が滞っていました。折角滞納していた分返したはずだったのに。