47.溶けた氷


人に触れるリハビリは身近なところから始まった。

「とりあえず鞄を二人で持とう。なるべく体を近づけて」
「あ、ああ」
かなり変な人だろう。
そうは思ったが、直そうとしてくれるのが嬉しくて、だから慌てて自分のリュックを背負おうとした。
「ちょっと、それは俺持つって」
「え、いや、そういう訳にはいかないから」
「俺がやりたいだけだから」
好きだって言葉よりも何よりも、恥ずかしくてたまらない。

「手袋越しだったら、手、繋げる?」
互いにもふもふした手袋をして。体温は無かったけれども、手は確かにそこにあった。
夏前に手袋だなんて暑いのに。

お昼に声をかけてこないから不思議に思ってみると、授業中に眠ったままに放置されていたのが目に入った。
こうやって、動かないなら触れられるのかな。
触りたいのにな。
頬を人差し指で押してみた。何もなかった。
髪の毛をぐしゃりとやったら、動いた。びくりと肩が跳ねる。
「今、触れた!?」
ああ、そうか、アレは触れたのか。


その日の帰りのこと。
「ボタン掛け違えてる」
見事に一つ飛ばしていた。
「あ、本当だ」
でもちゃんと直したはずなのに今度は全部ひとつずつずれていた。
「また、間違ってる」
「じゃあ直してよ」
そう少し拗ねたように言った。

もう大丈夫だと思った。
「じゃあ、座って」
本当は断られるとでも思っていたのだろうか、驚いた顔をした。

意地のようにボタンを三つほどさっさと外してしまう。
開いた生地から覗く肌色が眩しい。
手袋なんかよりもよっぽど体温が近くにある。
意識してしまって手が震えた。沈黙が恥ずかしい、上から見下ろす目にただひたすらに緊張する。
「なんかエロいことしてるみたい」
「言うな」
手の震えは誤魔化せていなかった。
「あはは、それじゃ掛け違えるよ」
「うるさい」
やっとすべて外した。
「今度はかけなきゃ」
「ああ」
ゆっくりと、一つ一つ。震えていても間違えないように。

やっと終わって、とても疲れた。
見上げるとすぐそこに顔があって、逃げようとしたら肩を掴まれた。
触られている、けれどもそれ以上は逃げようとしなかった。
「な、に……」
「抱きしめて、いい?」
声が耳をくすぐる。
「もう、半ばそんなもんだろ。って、聞くなよ……」
「ねえ、本当に?」
しつこい。
そう小さく呟いて、自分から胸に顔をうずめた。
仄かな温かさで包まれる。

今まで築いてきた壁は、とろりと溶けて、崩れ去って行った。

目次へ戻る

11/17
つかれたー。これで今日の分は終了です。もう溜めたくない…。
inserted by FC2 system