人に触れるリハビリは身近なところから始まった。
「とりあえず鞄を二人で持とう。なるべく体を近づけて」
「あ、ああ」
かなり変な人だろう。
そうは思ったが、直そうとしてくれるのが嬉しくて、だから慌てて自分のリュックを背負おうとした。
「ちょっと、それは俺持つって」
「え、いや、そういう訳にはいかないから」
「俺がやりたいだけだから」
好きだって言葉よりも何よりも、恥ずかしくてたまらない。
「手袋越しだったら、手、繋げる?」
互いにもふもふした手袋をして。体温は無かったけれども、手は確かにそこにあった。
夏前に手袋だなんて暑いのに。
お昼に声をかけてこないから不思議に思ってみると、授業中に眠ったままに放置されていたのが目に入った。
こうやって、動かないなら触れられるのかな。
触りたいのにな。
頬を人差し指で押してみた。何もなかった。
髪の毛をぐしゃりとやったら、動いた。びくりと肩が跳ねる。
「今、触れた!?」
ああ、そうか、アレは触れたのか。
その日の帰りのこと。
「ボタン掛け違えてる」
見事に一つ飛ばしていた。
「あ、本当だ」
でもちゃんと直したはずなのに今度は全部ひとつずつずれていた。
「また、間違ってる」
「じゃあ直してよ」
そう少し拗ねたように言った。
もう大丈夫だと思った。
「じゃあ、座って」
本当は断られるとでも思っていたのだろうか、驚いた顔をした。
意地のようにボタンを三つほどさっさと外してしまう。
開いた生地から覗く肌色が眩しい。
手袋なんかよりもよっぽど体温が近くにある。
意識してしまって手が震えた。沈黙が恥ずかしい、上から見下ろす目にただひたすらに緊張する。
「なんかエロいことしてるみたい」
「言うな」
手の震えは誤魔化せていなかった。
「あはは、それじゃ掛け違えるよ」
「うるさい」
やっとすべて外した。
「今度はかけなきゃ」
「ああ」
ゆっくりと、一つ一つ。震えていても間違えないように。
やっと終わって、とても疲れた。
見上げるとすぐそこに顔があって、逃げようとしたら肩を掴まれた。
触られている、けれどもそれ以上は逃げようとしなかった。
「な、に……」
「抱きしめて、いい?」
声が耳をくすぐる。
「もう、半ばそんなもんだろ。って、聞くなよ……」
「ねえ、本当に?」
しつこい。
そう小さく呟いて、自分から胸に顔をうずめた。
仄かな温かさで包まれる。
今まで築いてきた壁は、とろりと溶けて、崩れ去って行った。
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つかれたー。これで今日の分は終了です。もう溜めたくない…。