触れたからこそ壊れて行ってしまったような気がした。
それが本当とか嘘とかはもう二度と確かめようがないのだ。
居ないのだから、此処にはもう。
好きになった人は男の子だった。隣の家の、親同士が友達の、よくある幼馴染。
家にほとんどいない両親のもとで、よく一緒に家で遊んだ。小学校もずっとそれが普通のことで。
でも、恋心を自覚したあたりから間違っていることは分かっていた。
触れたいと思って。我慢できないと思ったから、逃げ出した。触れる事から逃げた。
だから告白してきた子とそのまま付き合った。少しずつ愛情をそちらに移そうとしたのに。
ダメだった。
今度は幼馴染が別の女の子と付き合いだして、どうしてもだめだと思ったのだ。
嫌だった。結局同じように好きと言うのはそっちに向いていて。
嫌だった。嫌だった。嫌だった。
触れたら止まらなくなりそうで、怖かった。手に入れられそうな距離だったからなおさら。
ゲーム貸して? と上り込んできた幼馴染。
ぽつりと言った。
「本当に、あの子のこと好きなの?」
「好きだよ、本当はお前のこと好きだよ。好きだよ」
愛してるよ愛してるよ、囁いて押し倒した。抵抗はしなかった。
でも溢れてきて、泣いて。キスをして、抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫」
押し倒されて顔は見えなかったが、そう彼は言った。ああ、家なのに、リビングなのに。
とってもいけないことをしているような気分だった。
そして、それは本当にとんでもないことになってしまったのだ。
親がいつも通りの時間に帰って来た。
見たのは、抱き合う、いや一方的に押し倒している俺の姿で。
「どうして――ッ!!!」
その通りなのだが見てはいけないものを見てしまったような顔をした。
「何でもないです、なんでもないんです」
その後の彼の必死の弁明は聞いていない。
もう言ってしまった以上戻れないのに、親に目撃されて。
ショックだった。それ以上に、なんでもないですと幼馴染が言ったことが。
認めてしまったのに、こっちはもう伝えてしまったのに。
こっちが一方的に思っていただけだとしても気まずくて。
逃げた。
抱きしめたあの感触は今でも思い出せる。
温かかった。のに、それは逃げ出して、消えてしまった。
あんなふうに言わなければ、やらなければまだあの隣で笑ってられたかもしれないのに。
以来、人に触れない。拒絶反応だ、これはまぎれもなく。
内気な男性恐怖症の少女じゃないのに、そんなの柄じゃないのに、可愛くないのに。
そしてそんな俺に、告白してきた奴がいた。
「俺は、しばらく人を好きになるつもりはない」
そのしばらくがいつまで続くかは全く分からなけれど。
ちゃんと誠意を持って答えたつもりだったのに、
「じゃあゆったりとでもいい、俺の事を好きにさせるから」
そうやってしっかりとした意志を持っていればよかったのかと、あの時そうやって一緒に連れ出せばよかったのかと、
後悔を抉りだされるような心地がしてその言葉を聞きたくなかった。
でも、本当は傾きかけていた。最後の一歩が踏み止まらせていたけれど。
本当はそうやって、真正面から何があっても否定しないぐらいの強さで好きと言ってほしかったんだ。
「俺は、人に、触れられない」
あの時以来トラウマとなってしまったことを告げたら、彼はこともなげに言った。
「とりあえず、俺と付き合わない?」
メリットは、人のぬくもりをもう一度俺が取り戻させてやるって事。
デメリットは、君が人と触れるのが怖い事。
でもね、いいと言われるまでは俺は君に触れない。
それでも、ダメ? 離れたりなんかしない、ずっと好きだよ。
そのずっとがいつまで続くかはわからないけれど、俺のしばらくよりも長く続くことを祈って。
触りたくなくて、触れなくて震える手を、ちょこんと差し出された手の上に触れさせた。
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前篇です。許されるならこの話の前半と後半を分けて三部作になる筈だった。でも、まあ次の後篇を書きたくて書いたやつなので、次も宜しくどうぞ。