37.心躍る冒険


――或る南の島での話。

鳥の羽音が聞こえ、夜が明けきったことを知った。
朝食のいい香りが鼻をくすぐる。
真っ青な空を見て呼ばれるのを待っていると案の定声がかかった。

「おーい、そろそろメシだぞー」
「分かった」

ゆっくりと降ろしてもドスンと重いが落ちる音がして、ダンベルが数センチ砂に沈んだ。
脇に置いておいた刀をしっかりと腰につける。
戦闘に入ることが日常的にある訳では無いが、これが無いと据わりが悪い。

自分の役割の郵便チェックを済ませたら、お待ちかねの朝食だ。
気合を入れないと腹が鳴り続ける。
ポストの蓋を開けたら珍しくも手紙が入っていた。
こんな辺境の土地まで手紙をよこす奴なんて誰だろうと思ったが、封筒に着いた淡い色を見て誰だか直ぐに分かった。

「今日はお前の国から取り寄せた米と梅干と、それから納豆だ」
「お、本当か!」
どうやらサンジは納豆を美味しいとは感じないらしく、和食でもたまにしか出てこない。
目を輝かせて食卓を見ると、サンジは目ざとく手に持っていた封筒を見つけた。
「それ、どうした?」
「ああ、ナミから来てた」
「ナミさんから!?」
薄いオレンジの封筒を手渡すと、さっきの俺みたいに目を輝かせてサンジはいそいそと封を剥がし始めた。

その手から封筒を取り上げて。
「朝食が先だろ」
「あ、ああ…。そうだな」
残念そうなサンジを見ると少しかわいそうに思えたが、ご飯が冷めるのは折角かまどで炊いてくれたものなのに勿体ない。
それに、ちょっとぐらい嫉妬を覚えたところで文句はないだろう。

――◆――◆――

「「ごちそうさまでした」」
ぱちりと二人で合掌。

「じゃあ、さっそく」
「後片付けはいいのか…?」
「いーのいーの、それよりも久々のナミさんからの手紙だぞ?」
お前は嬉しくないのかよ、と言われて嬉しくないなんて答えられる訳が無い。
サンジにとってそうであるように、俺にとってもナミは大切な人だ。

封が上手く剥がれないで四苦八苦しているサンジに声をかける。
「貸せよ、切るから」
力の抜けた手から封筒を取って、了承も得ずに刀で横一文字に切れ目を入れる。
袋の端2ミリのところがはらりと下に落ちた。
「相変わらずだなー、お前のソレ」
褒めているんだか何だかわからないような言葉を、呆けた顔で見てくる。
「どうしたんだよ」
「いや、見惚れて」
真っ直ぐに褒められて恥ずかしくなり目をそむけた。
手紙が目に入って、慌てて便箋を取り出す。

「なんて書いてあるんだ?」
ひょいと肩越しに覗き込んでくると耳元に息と髪が当たって、背筋にゾクリとしたものが走った。
手が僅かに震えたのを誤魔化すように読み上げる。
「久しぶり、そっちはどう? よく続いてるわねー。船の上では一番いちゃもん付け合っていたのに。
 こっちはいま夏島に居ます。あんたたちの島に結構近いところよ。一日もかからないんじゃないかしら?
 ここからが本題。私、結婚することになったの」

「うぇえええええ!?」
情けない叫び声を上げたのはもちろんサンジだ。
「結婚するの、ナミさん?」
「じゃねえのか、本人が書いてるんだからな」
「ナミさんー」
こいつのこういところはオーバーだと思う。

「続き、読むのやめようか?」
「あ、あー、自分で読む。貸してくれ」
差し出された手に素直に乗せるとかじりつくように手紙を読んだサンジは、読み終わった時に目が涙で潤んでいた。
「ナミさんがー、ナミさんがー」
と暫くうるさかった。

内容はその後は結婚式の日取りだとか、ハネムーンの場所だとか、それを決めるまでにあったもろもろだとか、
そしていつものような定例報告だったりとか。
結びにはこう書いてあった。
“まさか私が結婚するとは思ってなかったわ。何でも変わるのねー。
 次に会うのは私の結婚式かしら、必ず来なさいね! 欠席は厳禁!”

ナミはこうした定期報告をしてくれる。
まあ、他のメンバーもしてくれるがルフィだけは大概所在不明だ。

「変わったなー、俺らも」
「あ? ああ、そりゃそうだろ」
けろりとした顔でサンジはそう答えた。
「変わらないもんなんてないぜ。ただ、俺たちは変わってよかったんじゃねーか」
「ああ、そうだな」
笑ったが、これには多分“幸せそうに”との言葉が付くのだろうななんて、他人事のように思ってみる。

「俺たちも行くか」
「は? どこにだ?」
「行ってないだろ、ハネムーン」
「はねむーん?」
サンジの口から出た思わぬ甘い響きの言葉に脳がなにものだか理解しなかった。
「あの時は、航海が終わった後すぐだったからしばらくのんびりする気分だったけど。
 本当はすぐに次に行くつもりだったんじゃないのか? お前も」
お前もなんてことは、サンジもそうだったのだろうか。
「久々に海に出ようか」
サンジの広げた両手の向こうに広がる青が、心を掻き立てる。

「一年ほど、だな」
「最終目的地はナミさんの結婚式場のある島でー」
海図を取り出して航路を見る。
島と島をつないで、ルートを確認して。

「あの頃を思い出すなー」
などとサンジが言う。
「そうだな。でも、今が一番楽しいだろ」
「当たり前だ」

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11/07
ARIAと言う漫画がありまして。天野こずえ先生の作品ですが、その中の私のお気に入りのシーンでこういうのがあるんです。
「あのころは楽しかったじゃなくて、あのころも楽しかったのよ」いや、台詞微妙に違うかもしれないんですけど。
あの漫画は傑作です。私の好きな漫画ベスト3に入ります!!
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