34.真っ黒な画用紙


気になったのかもしれない、結果的には。
何か黒い紙が鞄から飛び出ていた。

この間の事。
夜にふと目が醒めたことが有った。
目を瞑ったがまどろみと覚醒を繰り返すばかりで眠れなかった時のこと。
隣に寝ていた筈のロスの気配が無くて、驚いて、飛び起きると。
満月の夜、何らかの紙を持っていたロスが座っていた。

「あ、ロス…」
「どうかしましたか?」
その時移動させたのだ。
紙を――こちらからは分かりづらいように。
気が付いた時には最初からなかったかのようだった。

この紙かもしれない。
思ってしまったら、興味がわいた。
其れにしても、満月とは言え夜だから髪は黒く見えたのだと思っていた。
元から黒かったんだ。

ロスが周りにいないことを確認して、手を伸ばした。
何らかの意味があるものなのだろう。
その意味が理解できるかどうか、役に立つものかどうかは置いておいても。

紙は画用紙だった。
そして、真っ黒かと思われたところにはおびただしい数の文字。
さまざまなサイズの文字があって。
その隙間を埋めるようにまた、小さな文字があって。

その言葉は全て一緒だった。

これは、ロスが書いたものなのだろうか?
最初にそう思ったのは、あの夜、紙と反対の手にはなにか別のものを持っていたような記憶がうっすらと会ったから。
疑問系なのは、その記憶が確かであるかどうかが分からない上に、とてもロスが書いたものとは思えなかったからだ。

――好きだ

延々、その文字で埋め尽くされていた。

好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ

ゲシュタルト崩壊を起こしそうな程に並んだ同じ言葉。
決して丁寧に書かれたとは言えない文字ではあったが、
それでも読めるのは、ある程度形が整っているのは、書き手の性格が表れているような。

誰が、誰に書いたものなのだろう。
何かを持っていたという記憶が確かでない以上、これはロスが誰かからもらったという可能性もあるのだ。
いや、本来ならばそちらを先に考えるべきだろう。

大分、偏って、それはもうとてつもない愛情を持っていそうだったが。
それこそ、溺れるぐらいの愛情。
文字からあふれ出る想いにすらめまいがしそうなのに。
本当にこれを送られた相手だったらどんなにか。そして本当にあったとしたら、それは。

でも、これ以上考える事ができなかった。
「勇者さん、何してるんです?」
持ち主後登場で、この後僕は4分の3殺しにされてしまうのだろう。運命には逆らうべきではない、うん。
諦めがついたので目をつぶる。自分の体であってもスプラッタは見たくない。

しかし、なかなか来なかった。
覚悟していたその動きは。
「バレちゃいましたか」
「…へ?」
「燃やしちゃっていいですよ、それ。気持ち悪いでしょう」
「え、なんで…」
これを大切にしていたんじゃないのか?

「だってまだ、たくさんありますし」
「あるのかよ!」
「だから、一緒に燃やしちゃっていいですよ」
「なんで?」
「いや、勇者さんが気持ち悪くなかったなら別にいいですけど。でも俺にしたってもう用無しですし」
何を言っているのだろう。
「これは、なんなんだ?」

「俺が書いたものですよ。まぎれもなく」
“好き”だって? 誰に…。
「俺が勇者さんのこと好きとか、気持ち悪いでしょう。しかもそんな怨念の塊でしかないようなもので。
 離れて歩いてもいいですよ。いっそのこと城に行って俺代わってきましょうか。別の“戦士”と」
「どういう事…?」
「俺が勇者さんの事が好きで、でもそれを言うわけにはいかないから、こうやって紙に書いていって吐き出していたんです。
 でもこうやってばれちゃいましたけどね」

「僕は、気が付いていなかったのに…。これが何かなんて気が付いていなかったのに」
自分からばらすようなことをして。
それで僕に気持ち悪がられるかもだなんて。
黙っていればよかったのに。
「黙っていてもこれが見つかった以上どっかで綻んで、結果もっと嫌な感じでばれていたかもしれません。
 それを考えたら」
そして、なんでそんなに冷静なんだ。
他人事みたいに。

「今まで、ありがとうございました」
「なんでだよ!」
意味が分からない。
「なんで行こうとするんだよ!」
「え? だって勇者さん気持ち悪いでしょう? 俺があなたのこと好きなんて」
「だから何なの! 大体それで戦士をどうするかを決めるのは僕だよね。なんで行こうとするの」
「普通に考えていなくなりますよ、それは」
そんなことも分からないのかと小ばかにしたような態度で。

「僕の事を好きなんじゃないのか!」
「ええ」
「じゃあ、なんで!」
「バレた以上抑えが利かなくなることもあります。それで、何が起こるか、覚悟してのことじゃないなら黙っていてください」
「何か起こるかもしれないわけ?」
「はい。襲い掛かっちゃうかもしれませんね。流石に聖人君子ではないので」
では。
何て言って、またいなくなろうとする。

「それでもいいって言ったら、戦士はここにいてくれるのか?」
「そんなこと言うと、マジで襲いますよ」
まあ、頼まれればいますけどね。
「離れるなんて嫌だ」
ここに居てくださいの言葉の前に、台詞が滑り込んできた。
「阿保ですかあなたは」
気がついたら目の前が暗かった。
あれ、もしかして抱きしめられたりしているのか、これは。
って、えええええええええ!!

「そんな事言って、どう責任とってくれるんですか」
ロスが僕を抱きしめているなんてびっくりな事態に追いついていなかった頭を何とか動かして。
「でも、戦士とは違う気持ちだろうけど。嫌いじゃない以上に、好きだから」
ああもう、なんて言いながら、さらにぎゅっと抱きしめてくるその腕の中は心地よかった。

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11/03
日付越えた…。さっきからこえたって打つと全部超えたになって困っています。
またちょっとずつ長くなっているような気がしなくもなくもない。
陥落しかけのアルバさんとか、相手が本当は自分のこと好きなんだけどそうとは夢にも思っていなくて色々とアピールして、何も反応しないロス(本当はもう色々と大変)に対してやきもきしているとかが可愛いと思います!
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