31.日常からの脱出


別にキライじゃないですよ、だからどうしたって訳では無いですけどね。

――◆――◆――

ただの何気ないものになる筈だった昼下がり。
俺にどうしろって言うんだよ。

いや、そのセリフ自体が衝撃的なのではなくて、それがその前のセリフの回答だからこその動揺だ。
こんな回りくどい言い方をしていても仕方が無い。
簡単に言うと、声の主はこれで告白を断ったのだ。
自分で簡単に言っておいてなんだが、これだけで済ませていいのかどうか分からない。

“いつも通り”がめんどくさくなり、友達を振り切って日当たりのいい体育館裏に来た。
体育館裏と言う不穏な――むしろメルヘンにも聞こえるだろうか、な響きを裏切るような。
そんな日向のポカポカと、そしてほのぼのした雰囲気。
視線を遮るものが何一つなく、そのまま車通りの少ない道路がフェンス越しに見えるだけ。

それでも体育館裏らしく、不穏な会話が聞こえてきた。

「す、好きです、付き合ってください!」

何故不穏かって話はしなくても察してほしい。
敢えて言うならば、ここが男子校という事だろう。

「なぜ?」
聞こえてきた声は勿論男子のものだ。
女教師などという存在は無いに等しいし、
無いに等しいというのはその全員の年齢が等しく俺らの年齢を二回りも上回ってしまっていることに由来する。

酷だなぁ、こいつも。
相当勇気を出して言っただろうに、にべもなく疑問で返すだなんて。

「なぜ、僕に告白するのですか」
“ぼ”にアクセントを置いた、下がり気味のイントネーションで自分の事をそう表したが、珍しいなと思った。
ただ単なる偏見だが“ぼく”というのはもっと幼い子が使うものだと思っていた。
その声からして、幼く見えるまたは中身が幼いという事はなさそうなのに。

ここですこし興味が湧いた。

この告白する側と振る側の二人組をただ単なる邪魔者としてしか見ていなかったが、
ちょっとだけその容姿も見たくなったのだ。

…立ち去るつもりだったのになあ。
心境の変化と言うやつだ。

「好き、だから」
「それは聞きました。だからなぜなのです? なぜ好きなのです?」
それを聞くのか。
酷じゃない。残酷だ。

「見ていると幸せになれる」
大丈夫かな。後で自分の口走ったことを後悔しなければいいけど、こいつ。
「症状のことを言っているのではありません。どうしてそのように思うのかの説明をお願いします」
こんないたぶるように断らなくてもいいのにな、と告白している側に同情する。
きっちりと振った訳では無いから立ち去る訳にもいかないが、
声の固さから鑑みてこれで芳しい結果が得られるとは考えずらい。

まさに、針のむしろだろう。

体育館の陰から顔を出すと、目が合ってしまった。
何でそこにいるんですか、とでも言いたげな目をして。
居ちゃ悪いかよ。むしろこっちにしてはなんでいるんだよと言いたいのだが。

それにしても気まずいものだ。
同じクラスの冬峯だった。

「キライ、ですか? 俺の事。だったら、そう言って…」
涙目になっているような、震える声。
「別にキライじゃないですよ、だからどうしたって訳では無いですけどね」
最悪だ、コイツ。
やなやつを好きになってしまったな、お前も。
と告白した側を今度は見たところで。
「花春くん、お待たせしてすみません」
俺の名前を呼びやがった。

「別に俺はお前と待ち合わせてねーし、大体帰るってどこにだよっ!」
「いいえ、べつに。あの状況から逃げたかっただけですけど?」
俺の腕を引っ張っていこうとする冬峯を引っ張って、
少なくともこちらの会話が告白した奴の元まで聞こえるぐらいの位置に移動する。
誤解されていたら解くのが面倒だし、それにさらに、これから俺はおせっかいを焼こうとしているのだ。

「なんであんな言い方した」
「あなたにそれを言われる筋合いはない」
「傷つくのは分かっているだろう。せめてもの心遣いをかければいいものを」
「では、好きと言われたらあなたは好きになるんですか?」

「それは違う。でも、断り方としてそれ」
「好きです」
台詞に被されたせいで、何を言ったのか始め分からなかった。
何とか拾い上げていた音をつなげて数秒。
理解するまでにまた数秒。
「はい!?」

「言っていることの意味が分からなかったので、言ってみただけです」
支離滅裂。
ぐちゃぐちゃだ。
「そ、う…か…」
こんなので納得していいのか分からず歯切れ悪く返事をすると、さらなる爆弾発言が降ってきた。
「取り下げるつもりはないですが」
「なんでだよ」
「だってあなたは情けをかけろと言いいました。
 でも僕として彼は恋愛対象に入る訳もないですし、そんな人に対してこと恋愛関係で優しさを持てなんて土台無理な話。
 それぐらいは理解しているものとして、だからこそあなたの言った意味は好きになってやれと、そう言う事だと。
 でも残念ながら僕にそれは不可能ですから、あなたにそれが人という生き物はできるのだと証明してもらおうと思いました」
無茶苦茶すぎる理論。
「だって、彼は僕に好きな人が居るからと言ったら誰かと問い詰めるでしょう?
 そして本人の耳まで入ってしまうかもしれない。そうしたら友好な関係を築くことは不可能だ
 だったら疑問すらも与えずに振るのが最良の選択だと」

阻害したあなたにはそれなりの責任を取ってもらいますよ、なんて冬峯は言った。

ここでの俺の失敗は、冬峯の捲し立てた言葉に飲み込まれて反論が浮かばなかったことだろう。
ただただ。
何でここに居るのかなとそればかり。
あ、思い出した。
面倒で、ここに来たのだ。

これなら、つかれてでも日常の方が幾分かましだと。
今更後悔している。

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10/30
何日ぶりの更新でしょうか。
名前は、花春=はなはる、冬峯=とうみね、と読んでください。冬峯君はメガネ男子です。
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