「なんだ…」
思い返してみれば、簡単だ。
もう既にあの時はここを出て行くことを決めていたんだ。
お屋敷の中には使用人がいなかった。
前に行ったときも控えてはいたが、確かに何人か見えた。
写真と言ったものも、一緒に撮ればよかったと思う。
なのに、あの人は誰も呼ばなかったんだ。
呼べなかったんだ。
引っ越すことを決めていたから、全ての使用人を解雇していた。
写真の現像と言ったか、渡すのを急いだのはすぐに出て行くからか。
“大急ぎで”と言ったが、別に会えなくなる訳じゃ無かったのに。
この町に住んでいれば。
あれも。そうなのか。
あの“服”を着せてくれたのはそうなのか。
記念のように。
最後だから、か。
じゃあ、抱きしめてくれたのもそうなのか。
ああ、あの人は。
あの人は。
なんで、何も言ってくれなかったんだろう。
好きだったのに。
親になんて言われようとも、大好きだったのに。
なんで、どうして。
もしかしたらあの人は。
来れなかったんじゃなくて、来なかったんだと思っていないか。
そんな事無いのに。
もしかしたら、そんな風に考えて、裏切られたと思ったのではないか。
そんな事無いのに。
あの人は。
何を思ってこの町を出て行ったんだろう。
――「あなたはこのままでいてください」
じゃあ、あの人は。
“あなた”はここでこのまま待っていたら来てくれますか。
唯一のあの人とのつながりは、あの人が持っている撮ってもらった写真。
どうかお願い。帰ってきて。まだ言って無いんだ。
好きだと、あの人には言ってない。
最初は憧れだった。綺麗な格好。それにただ憧れて。
次に話して惹かれて。
でも違うんだよ。
あの人にいて欲しい。
「ごめんなさい」
驚いた。
いきなり謝られて。
「あんた、どうかしたの」
店から出てきた母はバツの悪そうな顔をした。
それはそうだ。村八分にして追い出したうちの一人なのだから。
あの人が、帰ってきた。
「君に渡さなくちゃいけない物がありまして」
「何年ぶりですかあんた」
あの人は、少し傷ついたような顔をした。
「すみません。忘れましたよね、私のことなんて」
「7年ぶり。ごめんなさい、3日で取りに行く筈が7年になっちゃって。もしかして、忘れてた?」
「忘れるわけが、無いじゃないですか」
これを、渡すためだけに君に会いに来たのに。と、あの人は言った。
「申し訳ないと思ってるなら、贈り物ください」
「何を?」
服が良いですか?
そんな風にあの人は笑った。冗談なんて言う人だったんだ。
「あなたを下さい」
「ええ、私でよければ」
「ひとつ質問があるんだけど、いい?」
「どうぞ」
「“あなた”って、誰ですか」
「それは、また教えますね」
「あ、それともう一つ」
「一つじゃ無かったですね」
「あなたが敬語で、こっちが使わないって変かな?」
「良いんじゃないですかね」
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一件落着していないんですけどね。またこの人は出てくるかもしれません。