29.贈り物


「なんだ…」
思い返してみれば、簡単だ。
もう既にあの時はここを出て行くことを決めていたんだ。

お屋敷の中には使用人がいなかった。
前に行ったときも控えてはいたが、確かに何人か見えた。
写真と言ったものも、一緒に撮ればよかったと思う。
なのに、あの人は誰も呼ばなかったんだ。
呼べなかったんだ。
引っ越すことを決めていたから、全ての使用人を解雇していた。

写真の現像と言ったか、渡すのを急いだのはすぐに出て行くからか。
“大急ぎで”と言ったが、別に会えなくなる訳じゃ無かったのに。
この町に住んでいれば。

あれも。そうなのか。
あの“服”を着せてくれたのはそうなのか。
記念のように。
最後だから、か。

じゃあ、抱きしめてくれたのもそうなのか。

ああ、あの人は。
あの人は。
なんで、何も言ってくれなかったんだろう。

好きだったのに。
親になんて言われようとも、大好きだったのに。
なんで、どうして。

もしかしたらあの人は。
来れなかったんじゃなくて、来なかったんだと思っていないか。
そんな事無いのに。
もしかしたら、そんな風に考えて、裏切られたと思ったのではないか。
そんな事無いのに。

あの人は。
何を思ってこの町を出て行ったんだろう。

――「あなたはこのままでいてください」
じゃあ、あの人は。
“あなた”はここでこのまま待っていたら来てくれますか。

唯一のあの人とのつながりは、あの人が持っている撮ってもらった写真。
どうかお願い。帰ってきて。まだ言って無いんだ。
好きだと、あの人には言ってない。

最初は憧れだった。綺麗な格好。それにただ憧れて。
次に話して惹かれて。
でも違うんだよ。
あの人にいて欲しい。


「ごめんなさい」
驚いた。
いきなり謝られて。
「あんた、どうかしたの」
店から出てきた母はバツの悪そうな顔をした。
それはそうだ。村八分にして追い出したうちの一人なのだから。

あの人が、帰ってきた。

「君に渡さなくちゃいけない物がありまして」
「何年ぶりですかあんた」
あの人は、少し傷ついたような顔をした。
「すみません。忘れましたよね、私のことなんて」

「7年ぶり。ごめんなさい、3日で取りに行く筈が7年になっちゃって。もしかして、忘れてた?」
「忘れるわけが、無いじゃないですか」
これを、渡すためだけに君に会いに来たのに。と、あの人は言った。
「申し訳ないと思ってるなら、贈り物ください」
「何を?」
服が良いですか?
そんな風にあの人は笑った。冗談なんて言う人だったんだ。

「あなたを下さい」
「ええ、私でよければ」


「ひとつ質問があるんだけど、いい?」
「どうぞ」
「“あなた”って、誰ですか」
「それは、また教えますね」
「あ、それともう一つ」
「一つじゃ無かったですね」
「あなたが敬語で、こっちが使わないって変かな?」
「良いんじゃないですかね」

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10/26
一件落着していないんですけどね。またこの人は出てくるかもしれません。
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