人ごみとは正反対に歩いて行く。
「王侯陛下のおなーりー」
高らかに響く声は嫌でも耳に入ってくる。
今日は、大好きだった彼の元に、花嫁さんが来る日だ。
違うのか。
今は、皇太子殿下の元に皇太子妃となる人が嫁入りに来る日だ。
国を挙げての一大行事。
それを目前にして、逃げ出した。
背を向けて、二度と振り返るまいと人ごみの中を抜けていく。
彼と出逢ったのは、まだ彼が皇太子となる前。
何のてらいもなく、殿下で王子だった。
医務室の室長で元軍医だった自分は、生まれたばかりの彼に挨拶をした。
生まれたばかりであったはずの彼に、だ。
すぐに異変に気が付いた。
むしろ周りが分かっていないふりをしたのではと思ったぐらいに。
おかしいと思った。
なんで出産は城から離れた皇太子妃の実家の近くで行われるのだろうと。
なんで、その随分と前から彼女は入院していたのだろうと。
現皇太子、は彼の今母としてそこに存在している人の子どもではない。
別腹の子どもだ。
どうやら子供は望めないと言われたらしく、皇太子は、彼の父は外に女を囲ったのだ。
知ってしまったがために、関わることとなった。
それを勘付かせないために動いてくれと直々に命令されて、どうしようというのだろう。
すくすくと育った。
皇太子妃にも似ていないとは言えなかった。
だから、まわりは知らなかった。
そして、知っている人も知らないふりを貫けた。
良いんだ、これで。
彼は二回りほども年齢の離れた俺に対して、まさかのことを言ってきたのだ。
「好きだ」
と。
意味が、分からなかった。
心理学的に分析してもなぜそのようになったのか分からなかった。
気が付かないと思っていたのに、その言葉で扉が開いたことだけしかわからなかった。
彼は思ったよりも執拗で。
どれだけ普通の恋愛を促しても聞かないで。
それでも、困ると言えばやめた。
対処に困って。
でも、手を出したのは一度きり。
それも、キスしただけ。
だから俺は責められるいわれはないはずなのに。
逃げるしかなかった。
でもこの日まで伸ばしてしまったのだ。
伸ばして伸ばして、結論から逃げた。
うわぁああ!
と華やいだ群衆の叫びが聞こえた。
ついに、主役が現れたのか。
もう、振り返るまいと決めたのに。
愛されて、愛したい事に気が付いて、そして過ごしたあそこは、
とても甘美で居心地のいい場所になってしまった。
ここまで執着する性質だとは思っていなかった。
つい、最後と思って振り返ってしまった。
ぱちり。
目が合った。
それは錯覚かも知れない。
それでも、俺は縋るような目をしたのかもしれない。
敢えて、明らかに、目をそらされた。
反対側に居た群衆がまた騒ぐ。
こちらを見たわ、次はこちらを向いてくれないかしら。
また、こちらを見たら。
決心が揺らいでしまうかもしれない。
でも、二度と目が合うことは無かった。
皇太子が去ったその道で、人が居なくなるまでただただ佇んでいた俺は、何を望んでいたのだろうか。
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中世のヨーロッパらへんの王室と貴族がたまらなく好きだ!
『ベルサイユのばら』は幼少期の私のバイブルでした。