22.背筋を伸ばす


酷い朝だ。
昨日以上に、寝覚めの悪い朝だ。
それがこのところ毎日続いている。

あの時よりも、酷い朝だ。

決着がついた後。
顔を、上げる事が出来なかった。
俯いたまま、どうしていいか分からなかった。
見られたくなかったんじゃない、見たくなかった。

それから暫くは俯きがちになった。
下ばかり見て、動きそうにない足を前に進まなくてはと無理やり動かした。
楽しさなど遠い過去のことと自分で自分に見切りをつけていた。
思い出だけが甦って、幸せだったあのころのことばかり思い返して。

なんで、戦争なんてことになったのか。
いつから、アメリカがそれを考えていたのか。
どうやって、アメリカがあんなにも力をつけたのか。

何一つわからなくて。
全てを分かっていると思っていたのに。
可愛い可愛いと育ててきたのに、何一つ分かっていなかった。
その事実に打ちのめされて。
家を出るのも億劫になってしまって。
折角来てくれた友人たちも追い返して、部屋で毎日俯いていた。

その時も。毎日のように。酷い朝の記憶が更新されて。
夢の中でまで、幸せだったころを思い返して。朝、起きたくないと思った。
起きなければ、この体を蝕んでいく感情から遠ざかっていられるような気がして。
夢の中でまで、起きたくないと願っていた。

扉を蹴破るようにして侵入してきたものが一人。
一番顔を見せたくない奴で、一番見たくない奴。
そう、アメリカから逃げ出したのに、なんで今目の前にいる?
「イギリス、なに下を向いているんだい? そんなの、イギリスじゃないぞ!」
アメリカがその先何を言ったかは定かではない。
見栄と意地を張りまくって、ほとんど常にけんか腰で、でもやさしくて、できない事にも果敢に挑戦して、
とか何とか、そんな内容のことだった気がする。

「前を向いてくれよ。君をそんな風にするために独立したわけじゃないのに」
その時まともに、アメリカの顔を見た。
あの雨の降りしきる日のように、傷ついたやるせない表情をしていた。
「いつまでも、カッコいいイギリスでいて欲しいんだ」
思えば、それが告白の言葉だったかもしれない。

そのアメリカがいなくなって、もう数えるのもめんどくさい時間が経った。
消えたのだ。
彼は。
負けたから。

あっという間に、あっさりと。
何も遺さずに。

「いつも通りのことだよ、強国には常に敵がいるものだから」
「誰にモノ言ってんだよ、ばーかばーか」
「だって、そんなに心配そうな顔するから」
「はっはっは、俺様を誰だと思っていやがる。その時には、骨でも拾ってやるよ」
「そうかい」
一瞬、寂しそうな顔をした。
なんだ、心配してほしいのか、なんて思っていたけれども。
本当は、アメリカは。このままいくと自分が消えるだろうことを予想していたんじゃないかなんて。
今になってみると思う。

こうやって、家にいるといつものように連絡も入れずに、不意にそして派手にやって来るんじゃないかと思ってしまう。
ただ、自分はアメリカの帰りを待っているだけのように錯覚する。
イギリス! と自分を呼ぶ声が、いまでも耳に残っている。

俯きがちの視線は固定されてきてしまった。
“カッコいいイギリス”でない事だけは確かだから、そうであるためには今すぐにでも前を向かなくてはと思っている。
もし万が一、アメリカが生きていたとして。
その時はちゃんと前を向いて、真正面からアメリカを見て、迎えてやらなくちゃいけない。

分かってる。
分かってるさ、だから。

今は泣かせてくれ。

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10/19
図らずも次の涙ネタに被ってしまいました…。次どうするかな。
『背筋を伸ばす』というよりも『背筋を伸ばせない』の方が正しいような気がする。
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