指から逃げていく絹のような手触り。
絡めてもほどけていく。
指にわざと巻きつけて、するりと逃げて行かないように絡ませて。
それでも解けてしまう。
「何やってんの」
薄眼でこちらを見てくる。
「起こしてしまいましたか? すみません」
頭が少し動いただけで、逃げていく髪。
「何やってんのって言ってんの」
勝手に触らないでよ。
そう言って、再び目を閉じた。
そう。彼はその問いに対しての回答が欲しい訳では無いのだ。
困惑する俺を見て楽しみたいのだ。
分かっていても、俺自身は逃げられない。
膝の上に乗っかった頭にそっと手を伸ばす。
髪を軽く梳きながら、小さい子にするみたいに撫でてみた。
実際に彼が幼いころは、そうやって慰めたこともあったのに。
体勢的にはかなり無理があったけれども。
少し長めのその髪を一房持ち上げて、落とす口づけ。
覆いかぶさるようにしたそのタイミングで、双眸が開いた。
ゆったりと、こちらを見てきた。
「勝手に触るな」
「はい」
それでもやめようとはしない。起き上がろうとしない。
そもそも彼が望んだものだ。
寝るから膝枕をしろと。
どうしようもなく我が侭で。
それが、困らせるためでなくて、かまってほしいからだったら。
とっても嬉しいのに。
彼は愛くるしく笑った。
「そんなことをしても、僕はお前のものにはならない」
「はい」
もの。
だなんて。
ご主人様みたいな、そんな。
自分の“物”にしたいだとか、そんなことは思っていない。
決して。
神様にだって誓える。
それこそ彼にだって約束できる。
太ももに感じた重みが無くなった。
「髪を結って。着替えるから」
「先に、着替えた方がよろしいのでは?」
「ああ、着替えるって言い方が間違いだったね。どうせ服は脱ぐから、ガウンだけ着る。だったら、髪は崩れやしないだろう」
ご主人様も物好きだ。
抱いているのは間違いなく少年なのに。
女のような髪型で、女のような化粧をさせて。
そして、“俺のもの”と呼ぶ。
破壊するように。
抱く。
毎度のように服を破り、口の端には血が滲み、かんざしはひしゃげ、体のあちこちにあざが付く。
そんな壊れるように抱く。
はい、できました。
そう言うまで、髪をまとめて化粧を施す間は大人しく目をつぶる。
その唇に口づけてしまおうかと何度思ったことか。
ネクタイを掴まれ引き寄せられた。
バランスを崩したままに唇がぶつかった。
それはキスなんて呼べるようなものじゃなくて。
「僕は、お前の“もの”にはならない」
「ええ」
それで充分です。それが良いんです。
「…今日は、どの部屋だ?」
「二階の、南階段の真正面の部屋です」
「ああ、今日はそう言う気分なのか」
少しげんなりしたように彼は言った。
キスとは呼べなかったとしても。
確かに彼の意思で触れたんだ。
指にはまだ、逃げていった髪の質感が残っていた。
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変態爺のお屋敷とかって、大変なことになっていそうだなと思いました まる。