21.髪結い


指から逃げていく絹のような手触り。
絡めてもほどけていく。

指にわざと巻きつけて、するりと逃げて行かないように絡ませて。
それでも解けてしまう。

「何やってんの」
薄眼でこちらを見てくる。
「起こしてしまいましたか? すみません」
頭が少し動いただけで、逃げていく髪。

「何やってんのって言ってんの」
勝手に触らないでよ。
そう言って、再び目を閉じた。

そう。彼はその問いに対しての回答が欲しい訳では無いのだ。
困惑する俺を見て楽しみたいのだ。
分かっていても、俺自身は逃げられない。

膝の上に乗っかった頭にそっと手を伸ばす。
髪を軽く梳きながら、小さい子にするみたいに撫でてみた。
実際に彼が幼いころは、そうやって慰めたこともあったのに。

体勢的にはかなり無理があったけれども。
少し長めのその髪を一房持ち上げて、落とす口づけ。
覆いかぶさるようにしたそのタイミングで、双眸が開いた。
ゆったりと、こちらを見てきた。

「勝手に触るな」
「はい」
それでもやめようとはしない。起き上がろうとしない。
そもそも彼が望んだものだ。
寝るから膝枕をしろと。

どうしようもなく我が侭で。
それが、困らせるためでなくて、かまってほしいからだったら。
とっても嬉しいのに。

彼は愛くるしく笑った。
「そんなことをしても、僕はお前のものにはならない」
「はい」
もの。
だなんて。

ご主人様みたいな、そんな。
自分の“物”にしたいだとか、そんなことは思っていない。
決して。
神様にだって誓える。
それこそ彼にだって約束できる。

太ももに感じた重みが無くなった。
「髪を結って。着替えるから」
「先に、着替えた方がよろしいのでは?」
「ああ、着替えるって言い方が間違いだったね。どうせ服は脱ぐから、ガウンだけ着る。だったら、髪は崩れやしないだろう」
ご主人様も物好きだ。
抱いているのは間違いなく少年なのに。
女のような髪型で、女のような化粧をさせて。

そして、“俺のもの”と呼ぶ。

破壊するように。
抱く。
毎度のように服を破り、口の端には血が滲み、かんざしはひしゃげ、体のあちこちにあざが付く。
そんな壊れるように抱く。

はい、できました。
そう言うまで、髪をまとめて化粧を施す間は大人しく目をつぶる。
その唇に口づけてしまおうかと何度思ったことか。

ネクタイを掴まれ引き寄せられた。
バランスを崩したままに唇がぶつかった。
それはキスなんて呼べるようなものじゃなくて。

「僕は、お前の“もの”にはならない」
「ええ」
それで充分です。それが良いんです。
「…今日は、どの部屋だ?」
「二階の、南階段の真正面の部屋です」
「ああ、今日はそう言う気分なのか」
少しげんなりしたように彼は言った。

キスとは呼べなかったとしても。
確かに彼の意思で触れたんだ。

指にはまだ、逃げていった髪の質感が残っていた。

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変態爺のお屋敷とかって、大変なことになっていそうだなと思いました まる。
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