チェックイン時には確かに清潔だったシーツは二枚目に取り換えられていた。
そのなかで、体の熱を持て余して寝ころんでいた。
「ねえ、先輩先輩」
微睡んでいたようにも見えたのに、ゆったりと覚醒して。
毛布にくるまったままに言葉はオレに発せられた。
「今度、赤ちゃんが生まれるそうじゃないですか」
オレからは一度もそんなことを言ったことが無いのに、全く知らせる前からこいつは知っている。
結婚はおろか、今の奥さんと付き合い始めた時もベッドの中で柔らかな声で事実を突き付けてきたのだ。
「ああ」
まるで、そんな風に知っている事をすでに知っていたような口ぶりでそれに応える。
「先輩に似たら、美形になりそうですね」
「似なくていい。目が悪くなられても困る」
今はコンタクトだが、裸眼の視力は0.05を切っている。
「奥さんに似ても、綺麗でしょうね」
「さあな」
「あ、でも」
思い出したように言った。
それが本題だっただろうに。
「うっかり、見せないでくださいよ。奥さんが迎えに来た時に一緒に連れてくるとか本当にやめてくださいね」
そんなことを言うなんて、驚いた。
一般的な干渉と言うものをコイツが持ち合わせていたなんて、考えたことが無かった。
「へえ」
感心したような色を感じ取ったのか、声が急に鋭く、いや毒を帯びる。
「だって、そんなことで目の前に来たら、」
甘美な笑顔を浮かべて。
先ほどまでの蕩けたような顔はどこへやら、むしろその童顔に殺意に似たものさえも滲ませて。
「うっかり俺が噛み殺しちゃいそう」
「ああ、気をつけよう」
「そうだよね、さすがの先輩でも俺の怖さは知ってるからね」
また、蕩けそうに顔を緩めるのだった。
目次へ戻る
- 10/09
-
せんぱいせんぱい。って書くとくどいかなと思って漢字変換だったのですが、どっちでも変わらなかったですね。
噛み殺すって、猟奇的ですね。