私って言ってるけど男です。
平安時代です。
落ちこぼれと私を指さして手を叩く人が居た。
彼らはみな一様に父の弟子で、幼い者は八つの時から父に弟子入りしているような、
腕に自信がある言わば選ばれた人たちだ。
楽器を全くと言っていいほど扱えない私に、父も落胆の色を隠そうとはしなかった。
「どうして息子さんは入らないんだい?」
そんな中で話しかけてくる物好きが一人。
琵琶をつま弾いてわずかに音を鳴らしながら近づいてきた。
いや、まだ事情を知らないのだ。
息子であったところで私は何も特別ではない。
父に取り入ろうと思ったら私と仲良くしない方が賢明なぐらいで。
二日前にこの楽家に加わったこの男はそんなことを分かっていない。
「私にかまうな」
「どうしてだい?」
「私が落ちこぼれだからだよ。だから、楽器は持たないし、誰も話しかけてこない。
厄介者で、誰も近づこうとはしない」
「へえ、そうなんだ」
否定もせずに男はそう言った。
「音楽は、楽しくないかい? 君自体は、どうなんだい?」
「ああ、楽しくないね」
むしろ嫌いだ。
父に失望される対象でしかない。
そんなものになぜ好ましい感情を抱く。
「じゃあ、俺のを聞いてよ」
「いやだね」
「まあまあ」
全くこちらの話を聞かないで男はそのまま演奏を始めてしまった。
風に流されるように音が飛んでいく。
それでも消えては行かない。そこにある程度の余韻を残して。
心地のいい音だ。体が自然に揺れて、口からは音が零れていた。
「なんだ、やっぱり好きなんじゃん」
「でも、父は! 父は歌を音楽に認めない」
歌う事だけはできた。
楽器はできなくても、声を声をその代りにして奏でることは、好きだった。
「奏楽ってさ、音を奏でるんだよ。音であって、楽器じゃない」
その間も琵琶の音は止まない。
「君のそれも、音を奏でているんだよ。十分俺らの仲間だ」
それにそれに。と、重ねて言い募る声に合わせて琵琶が鳴る。
「音楽は、音を楽しむんだ。楽しめなければ、音楽じゃない。君はそう言う意味では今最高に音楽していたんだけどなぁ」
ともすれば、父を否定するようにも取れる言葉。
平気で男は言った。
「ここはつまらない。技術を向上させたところで、仕草が美しかったところで何になる。
純粋に総額を楽しもうじゃないかと言っても、誰も聞く耳を持たない」
二日で、そこまで見抜いていたのか。
「俺は元々ひとところに留まるつもりはないんだ。本当は、旅をして、みんなに音の楽しさを伝えたい。
今回は評判の楽家があると聞いてきたんだが、期待外れだったな。君以外」
琵琶の音がぴたりとやんで、その琵琶を軽々とこちらに向けて男は言う。
「歌とは新しい。そして、何も持っていなくても楽しめる。どんな人でもね。だから、俺と旅をしないか」
そのよく素性も知らないような男の手を取ったのは、何の偶然か、それとも運命か。
私の人生は、ここから全く別の旋律に変わった。
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- 10/03
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なんとなくオチてない気がする…。
それにしても、平安後期に果たして旋律という概念が有ったのかどうか…。
それ以前に歌とか。彼はどんなものを歌っていたのでしょうかね。
琵琶法師とかいたし、、、演奏旅行したっていいじゃない!